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それは、甘い
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お寺を出て、向かう先は鎮守さま。
けれど、真っ直ぐ目指すわけではなく町中を巡る。
元はお盆の行事であり死者を供養するためであったらしいが、いつしか町人の娯楽要素となっていき。
それが士分に広がり、この地を治めていたお殿様が『身分関係なく楽しむように』と奨励して。
年を追うごとに盛んになって、現在まで続くお祭りになった。
だから、この町の隅から隅まで山車が巡るのだ。
幟旗と大将旗を前印に、続く子供達の元気な掛け声が先陣を切る。
多数の小さな手に握られている紐は青年達が制作した見事な山車に繋がっていて、力を集結して重く煌びやかなそれを引っ張る。
後続する屋台車も飾り付けられていて。
積んである大太鼓は、総大将を務める倭が力強くバチを捌く。
脇には一回り小さい、それでも一般的なものと比べれば充分大きい太鼓を叩く精鋭達。
その後に姫大将を務める私が笛を吹きながら続く。
そして数十人の若者達が、笛を吹いたりチャッパを鳴らせたりしながら整然と隊列を組む。
町中のあちらこちらでは、観光客と町の人が見物をしていた。
いくらこの町が山に囲まれ大きな川が流れていると言っても、炎天下の中で長時間練り歩くのは体への負担が大きい。
町の人はそんな事は百も承知だから、桶を持って待ち構えている姿が時々目に入る。
100選に名を連ねているこの町自慢の水を桶に汲んでおき、各隊の山車行列が通るたびに柄杓で涼をまいてくるのだ。
「ほうら、声が小さいぞ!!」
「倒れないようにね!」
「鎮守さままで頑張れ!」
どの隊が通っているかなんて関係ない。
かつて自分達がそうしてもらったように、町の人達は3地区の行列を等しく鼓吹する。
その度に子供達の掛け声、若者達の囃子の音が大きくなり、気持ちが高まり、そうして鎮守さまへ辿りついた。
町中で見た人数以上がそこで待ち受けていて、3台の山車が初めて揃う。
各総大将の口上の後、合同でお囃子を奏じて。
山車を鎮守さまへお供えした。
…ふう、これで一つ目の大きなヤマは越えたことになる。
次は群舞。
お祭りの実行委員がその為に会場を整えている間、しばし待つ。
要するに休憩。
大事だよね。
着物が元となっている衣装を着ているので、汗が顔に出ることは少ない。
うん、薄荷油をプシュッとスプレーして抑えるぐらいでメイクは大丈夫そう。
さすがプロ、崩れなさがハンパない。
集まってきた同窓達は見事に3色に分かれていて。
顔も衣装もボロボロになる前に、とあちこちで撮影会がまた始まった。
「まり!綺麗に仕上がってるね〜!」
「衣装が…って言いたいんでしょ?」
「衣装も、だよ〜。まり、綺麗。」
「ホントに?」
「ほんと。姫なだけある。」
「あはっ、ありがとう。巴の衣装も凝ってるね。」
「でしょ〜!?こんな衣装を着れるのも今年で最後だからね。」
「中直のもいいね。涼しそう。」
「うん。でもやっぱ暑いもんは暑いよ。」
「そりゃそうだ!」
「まり、記念に一枚!」
「もちろん!」
スマホを構えればわっと集まってくる様子は、まるで高校最後の年からの続きのようで。
何年も経ってしまっているとは思えなかった。
私も入れて〜、俺も入る。
あっという間に記念撮影の体を成してきた塊がそこかしこに見られ。
フラッシュ光やシャッター音が四方八方からあがった。
どの顔もとても楽しそうに輝いていて。
きっと私もそうなんだろうなぁ。
だってホントに楽しいんだもん!
「そろそろ会場の準備が整います。各隊も準備をよろしくお願いします。」
実行委員が若者達の間を縫って知らせに走る。
それを合図に、集まっていた同窓達は一気に対決モードに。
「…じゃあね、まり。」
「うん。お手柔らかに。」
「まり達こそ!」
友人と笹穂の場所へ戻れば、槍が手渡された。
構えてみたり振り回してみたりして手に馴染ませる。
笹穂は2番目の登場だから、始まってもすぐに出番と言うわけではない。
しかも男子が先に槍捌きを披露するから、私や腰元達はしばらく待つ。
とは言っても、心臓バクバクなんだけどね…。
私達が槍を使って踊るのは最終パート。
まだ使わない槍はいったん脇に置いておく。
それを撫でながら心を落ち着けようとしても…うん、ムリ。
「…緊張する。」
「まあねえ。これで最後だって言うのもあるし、一番上だからこそ足を引っ張るなんてことできないし。」
「私だけ他の子達と振り付け違うし…」
「それはまりが姫だからでしょ。私達は姫を引き立たせる役目なんだから。」
「そんなことしなくてもいいのに。」
「なにを今更。大丈夫だって!ちゃんと動けてるんだから!」
「…若さが欲しい…」
「…それは言っちゃあいけないよ。」
情けない顔してるんだろうなぁと思いつつ既に倭達が踊っている会場を見ると、乱れぬ槍の動きが目に入ってきた。
今日は一段と揃っている。
気迫の込もった槍捌きに、我が弟ながら見惚れてしまいそうだ。
…これは失敗なんてできない。
「…そろそろだね。」
「うん。とにかくまりは自信を持って!」
「はいはい。」
「笹穂の姫はあんたなんだから、会場中を虜にするつもりで踊るんだよ!?他の姫に負けるんじゃない!」
「努力はするって。」
「どんなにあがいても若さじゃ勝てないんだから、大人の魅力を全開に!!」
「…はぁい。」
曲が終わりに近づく。
曲調が変わると同時に男子と入れ替わるため、いつでも走れるように足に力を入れる。
どんなに自信がなくても、私は姫大将。
腰元達を引っ張っていかなくてはいけない。
踊っている倭とタイミングを合わせられるようにじっと集中する。
「…行くよっ!」
私の声に腰元達も素早く反応してくれた。
それぞれの手には銀の舞扇。
お日様が高く昇っている今だからできること。
みんなで広げた扇面の角度を揃えれば、ギラリと視界が光った。
2022.02.07. UP
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夢幻泡沫