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それは、甘い

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包まれるような拍手の中、舞台裏へ戻る。
高揚さめやらぬ状態で水分補給をして。
周りの顔を見渡せば、ドヤ顔のオンパレードだった。
でも、私もきっとそうなっている。
だってこんなに揃ったのは、練習でもなかなかないもん。
完璧、と言っても差し支えない。

「やったな!」

倭が友達とがっちり握手を交わしている。
私もぎゅうと友達と抱き合う。

「まりっ!」
「うん!最っ高!」
「なによ、あんた!あれだけ自信ないとか言っといて、完璧じゃない!!」
「あはは、やったねぇ!!」

バシバシと叩き合う背中は痛いが、これも喜びに変わっていくからお祭りって不思議。
緩んでばかりの顔を見合わせ、もう一度ぎゅうと力を込めた。
しかし、喜びも束の間。
聞こえていた音楽が鳴り止んだのを感じ取り、舞台裏の空気が鋭さを孕む。
これからが大一番なのだ。

「気持ちを入れ替えろっ!」

総大将の声にガラリと雰囲気が変わった。
さっきまではゆるゆるだった顔が一斉に引き締まる。
襷で袖を一纏めにして、槍を握り。
いつでも出陣できるように呼吸を整えた。

「姉ちゃん。」

呼ばれた先に視線を向けると、厳しい表情をした倭が寄ってくる。

「何?」
「…」
「倭?」
「…勝てる、かな?」
「は…?」

…初めての弱音が今って。
人をさんざん煽っといて、今?
思わず笑いが零れる。

「なに、倭。まさか『勝てないかも』とか思ってるの?」
「…」
「私のこと、遅いだのずれてるだのいらないだの散々言っておいて?」
「それは群舞に関してだろ!…戦はまた別、だから…」
「大将のくせに下を信用してないの?」
「…信用はしてるけど。」
「けど?」
「…」
「あれだけ練習したのに?あんたが嫌いな小十郎さん達の力も借りたのに?」
「別に嫌いってわけじゃ…」
「『勝ちたい』って言葉、ウソだったの?」
「嘘じゃねえ!」
「じゃあ、もっと強気でいなさい。今までみたいにハッパをかけまくるの。勝てそうでも、負けそうでも。」
「…」
「雰囲気に負けたら、戦にも負ける。大将は常に自信を持っていることが大切よ。」
「姉ちゃん…」
「大丈夫。あんたは笹穂の総大将よ。負けるわけがない。」
「…うん。」
「『まりの弟』って言われるのも飽きたでしょ?
 私のこと、『倭の姉』って呼ばせるくらいの気概でいなきゃ。」
「…おう。」
「状況判断は冷静に。だけど心はいつも前向きに。あとは私達のことを信じなさい。」
「ああ。」
「ほら、しゃんとして!みんなが倭の…総大将の号令を待ってる!」

私よりも高い位置にある頭をくしゃりと撫でる。
その手に自分の手を重ねてフーッと大きく息を吐くと、倭は行こうと前だけを見て先に歩き出した。
待っている若者達と目をしっかりと合わせて頷き合う。

「行くぞっ!!」
「おーっ!!」

3箇所で気合を込めた声が大きく上がった。
拍手に迎えられて舞台をより広げた会場…合戦場へ。
3地点にそれぞれ陣を張れば、いつでも始まってもおかしくない。
ギュっと槍を握ってその時を待つ。
鎮守さまの宮司様が鳴らす法螺貝を合図に、戦は始まった。
流石、このお祭りに誇りを持っているだけある。
どの隊も臆する人はいなく、争うように飛び出してきた。
倭の側で戦局を窺う。
暫くは拮抗していた3隊も、徐々に笹穂が押され始めてきた。
状況的に負けたり、急所と言われている場所をケガしたり、戦いが続行できなくなった人は合戦場から離れることがルールだ。
相手がいるからズルはできないし、もししたりなんかしたらこの町では暮らしていけない。
勝負なのだから正々堂々と。
何百年と続いているこのお祭りに不正は似合わない。
そのドッヂボールで言う外野の人数が、笹穂だけ多いようなのだ。
よく見れば…
巴と中直が刃を交えている場所が少ない?
代わりに、笹穂は巴とも中直とも交戦している?
なんとなく巴と中直が協定を結んでいるような…。

「…ちょっとヤバい雰囲気?」
「だな…」
「みんな頑張って持ちこたえてるけど、ジワジワこっちに向かってきてるね。」
「ああ。…守備を固めるか。」
「そしたら、私は精鋭達と一緒に前線に立つ。『強敵そうなのを出来るだけ相手にする。
 私達の後ろで取りこぼした相手と戦うように。』って生きている人達に声をかける、でいい?」
「頼めるか?」
「そのための姫でしょ。何人ぐらい貰える?」
「…10人が限界だな。」
「充分よ。」

ざっと合戦場を見渡して、まだ体力が残ってそうな精鋭の名前をピックアップする。
倭から許可を取ったところで、また前線が押し戻された。

「っ!行ってくる!!」
「頼んだぞ、姉ちゃん!」

負けるわけにはいかない。
真剣な目の倭の声を背に、陣から走り出て槍を振り回す。
囲まれてしまっている仲間を助けつつ、大将の指示を伝えつつ、前線に押し上がった。
少しでも鼓舞できてるといいんだけど。
…ああ、ダメ。
弱気になってちゃ、勝てるものも勝てなくなる。

「強そうな人だけ相手にして!あとは後ろに任せるの!」
「はいっ!」
「私達が持ち堪えれば、後ろが楽になる!踏ん張るよ!」
「はいっ!!」

頼もしい声に腕を強張らせていた無駄な力が抜けていった。


2022.07.04. UP




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夢幻泡沫