
Main
それは、甘い
88
「笹穂が動いたぞっ!」
その声に、みだれている前線から笹穂の陣へとしせんを移す。
笹穂が苦しんでいるのは、戦に出たことのないおれの目から見ても分かっていた。
それをだはするために動いたのだろう。
ならば、どうやって動く?
目に入ってきたのは、まりだった。
槍を自在に振りまわしながら陣のおくから移動している。
笹穂の若者を助けながら小集団を作り、またたく間に前線へおどり出てしまった。
「…やむを得ん、か。」
小十郎のつぶやきに、どうしてだと見上げる。
「副将が前に出るのは危ないだろう?」
「今の笹穂は押され気味にて、士気が下がっております。将が後方より鼓舞しても士気は高まり
ますまい。さればこそ、まりは最前に出たのでございます。危険など承知しておりましょう。」
「まりは危ないと分かってて出てきたのか?」
「はい。」
「なぜ…」
「梵天丸様、覚えておかれるがよろしい。将が我が身の可愛さ故に後方でじっとしている
だけでは、自軍の士気は保ちませぬ。それどころか、下がる一方にございます。劣勢を
強いられている時こそ、将が共に戦えばそのお方を守ろうと雑兵共も励むものです。」
「…」
「苦しみを共に有すれば、自ずと結びつきが強まります。まりが最前に出て戦えば、あの者達は
まりを討ち取られまいと必死になることでございましょう。そして同じ場にて戦っているのが
将自らとあっては、その言葉にも力が宿ると言うのも尤もなこと。…ほら、ご覧ください。」
小十郎に言われるがままに前線を見た。
あれだけ必死のぎょうそうだった笹穂の若者達の顔に、生気がみなぎっている。
混乱しているかのようにばらばらだったのが、まりがひきいている集団の後ろで囲まれることなく相手とたいじしている。
まりに目を向ければ、常にだれかと戦いつつも周囲に指示をとばしているのか口が動き続けている。
そしてそれに反応するように、前線の位置がもり返していた。
「…あれが将と言うものです。なるほど、総大将を何回も務めただけある。」
小十郎の目が満足そうに細くしなっている。
「女の身ながら見事…と言うほかありませんな。」
せんきょくが笹穂に向いたようだ。
敗れて場外へしりぞく者が一気に増えた。
巴に中直…ざんねんだが、笹穂も。
合戦場で戦っているのはうでにおぼえのある者ばかりだろう。
そいつらも一人、また一人と去っていく。
残ったのは、まりと弟御、巴の両将、中直の総大将のみ。
やはり、と言ったところか。
互いにけんせいするように得物をかまえている。
まず動いたのは巴の両将だった。
弟御の方へ二人そろってかけ出す。
それからすぐに中直の大将がまりにつっ込んで行った。
槍でそれを受け流し、きょりを取る。
小十郎達を相手にしていたから、まりは問題ないだろう。
中直の大将が小十郎より弱いとは思えない。
だが、だいぶ体力をけずられてしまっているように見える。
弟御の方は…と見ると、こちらも長物二人を相手につらそうだ。
「おれも、行ければ…」
「梵天丸様?」
「…何でもない。」
見ているだけは歯がゆい。
おれも出陣できれば…。
自然と手をきつくにぎりこんでしまう。
まりを助けたい。
「梵天丸様、弟御の方をっ!」
小十郎のするどい声に顔ごと向ければ、巴の総大将に正面向いている弟御の背中に。
巴の姫大将が薙刀をふり上げていた。
「後ろっ!」
思わず叫ぶ。
だが、間にあわない…。
そう諦めかけた時だった。
巴の姫大将の背中に藍がまっすぐに飛んでしょうげきを与えた。
おおっ、とどよめきが起こる。
あの藍が本物だったらまちがいなく重い傷になっていただろう。
ふり返った巴の姫大将は飛んできた先をにらんで悔しそうに唇をかみ、ふり上げていた得物を下ろすと合戦場から去っていった。
あの藍の長物はまりの槍だ。
…ならば、まりは!?
しゅんかん的に顔を逆に向ける。
まりは何も持っていなかった。
それを逃すような奴は、将になどなれない。
刀を上段にかまえて大きくふみ込んできた中直の総大将が叫ぶ。
「もらったっ!!」
「…甘いっ!!」
「なっ…!?」
まいくで大きくなったまり達の声が聞こえてくる。
中直の総大将がおどろいて声をつまらせたが、それはおれも同じだった。
まりの手には小刀が。
もう片方の手には鞘が。
「負けるつもりはないっ!」
受け止めていた二本に体重をのせて刀をはじき返すと、まりは小刀をかまえた。
鞘で受け止め、小刀で切りつける。
つかれているはずなのに、軽やかに相手のこうげきをかわしてはんげきをしていく。
言葉など出てこなかった。
ただ目だけがまりを追いかける。
舞うように動く青。
雷のように光る刀。
ひびく刃音。
強かった。
美しかった。
男を相手に一歩も引かないまりが。
己より大きい相手にひるむことのないまりが。
ただ守られているだけでなく、先頭に立って戦うまりが。
長く戦えば集中力が切れる。
大振りになった相手の刀を鞘ではじきはらうと、まりは中直の総大将の懐へと飛び込んだ。
小刀がぴたりとのどに向けられる。
「…」
「…」
「…参りました。」
「中直が総大将、討ち取ったりぃっ!!」
まりが高らかにせんすれば、わっとかんせいがあがった。
「…あめー、じんぐ…」
「梵天丸様?」
「決めたぞ。小十郎、おれも二刀で戦う。帰ったら用意しろ。」
「…これまでより厳しくなりますぞ。」
「は、上等だ。」
まりがものすごいものを見せてくれたんだ。
ああなりたいと思うのは当然だろう?
まりにできて、おれにできないわけがない。
おれはりゅうになるんだ。
2023.02.06. UP
← * →
(88/96)
夢幻泡沫