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それは、甘い

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それは久し振りの感覚だった。
中直の大将を討ち取った後、弟の勝負を見守る。
長物同士でなかなか決着はつかなかったけど、最後は見事に倭が相手の膝を地につけた。

「巴が大将、笹穂が大将が討ち取ったりっ!!」

混み上げる何かがあるんだろう。
力を込めた倭の言葉に、足が勝手に動き出した。
落ちていた槍を拾い、弟の側へ走り寄って何度も頷き合う。
言葉なんかいらなかった。
見合わせた顔に弧が描かれると、倭がその場を支配するようにぐるりと見渡して声高に宣言した。

「笹穂隊の勝利ぞ!」

空気が揺れ、大地も揺れる。
心臓がドクリと、背中がゾクリと震えた。
歓声や拍手が止まない中、総大将がゆったりと歩き出す。
それに続けば、私の後からは笹穂の若者が続々と続いた。
辿りついた先から見えたのは。
空が高く青く。
木々も深く青く。
川も清く青く。
お城が青く染まり、周りには青の幟旗。
喜色しかない仲間と山頂から勝鬨をあげる。
麓がまた揺れたのを感じ、目が熱くなった。
鎮守さままで戻れば、笹穂の大人達が私達をわっと囲んで手放しで誉めてくれて。
家族からもとても喜ばれ。
武将ズからも感嘆の言葉を貰い。
うん、最高!
もう、最っ高!!
にこにこと笑みが収まることなく家へ戻り、また散々写真を撮って。
ようやくお風呂に入った。
疲れと汚れを落とし、今度は浴衣に着替える。
高く昇っていたお日様も地の近くにオレンジの光を残して眠りに入る。
この先の空はお月様が主役だ。
日中も雲一つなかったから、このまま明け方までノンストップだろう。
たくさん食べなきゃ、途中でエンストしちゃう。
腹ごしらえをするために台所へ行く。

「あら、まり。もう行くの?」
「うぅん、お腹空いた。」
「そうね、お疲れ様でした。おにぎりたくさん用意したから、
 おじいちゃんのところでみんなと食べなさい。」
「ありがとう。」

流石、お母さん。
浴衣でも食べやすいものを用意してくれてる。
おばあちゃんはきっとお漬物を用意してくれてるんだろうなぁ。
おにぎりがぎっちりと乗った大皿を持って、おじいちゃんのお家へ。
『まりです』と上がって居間へ行けば、みんなが寛いでいた。

「まりどの!」
「弁、さっきは応援ありがとう。お腹空いてない?」
「すいたで ござる。」
「えっ!?あんなにやきそばやたこやきを食べておいて?団子だって何串も食べてたよね!?」
「それは だいぶ まえの はなしで あろう。 それがし、 まりどのを
 うんと おうえん していた ゆえ、 はらが すきもうした。」
「うんうん、ありがとう。お母さんがおにぎりたくさん作ってくれたの。一緒に食べようね。」
「いいので ござるか?」
「もちろん。みなさんも一緒にどうですか?」

そう聞けば、是の答えしか返ってこなくて笑ってしまう。
早速テーブルを囲む武将ズ。

「おじじさまと おばばさまも、 ともに いただこうでは ございませんか!」
「そうさせてもらおうかのう。」

おじいちゃんが相好を崩して弁の誘いに乗ると、おばあちゃんが『よっこらしょ』と立ち上がる。
その顔は、やっぱり嬉しそう。

「あらあら、珍しい。おじいさんも食べるんですか?お茶の用意をしなくては。」
「手伝うよ、おばあちゃん。」
「まりは座ってな。疲れただろ?俺が手伝う。」
「いいの?ありがとう、元親。」
「おう。」

すんなりと立ち上がった元親は手慣れた様子でおばあちゃんと台所へ行く。
これは…こっちに来てからかなり手伝ってくれてたんだなぁ。
元親でこれって事は、佐助さんや小十郎さんはもっとだろう。
有難いことだ。
全員に飲み物が揃ったところで、おじいちゃんが優しい目をして私を見た。

「まり、ご苦労だったね。よくぞ倭と共に笹穂に勝利をもたらしてくれた。
 孫が二人、大将を務めただけで充分だったのに、お城を青く染めてくれて…。
 本当によくやってくれたのう。二人共、儂の自慢じゃ。」
「へへっ…ありがとう、おじいちゃん。」
「それじゃ、お茶だが乾杯しようかの。」

テーブルの中央に突き出すようにガラスのコップを差し出して、おじいちゃんの音頭に『乾杯!』と声を合わせる。
一口飲んだお茶は冷たくておいしかった。

「まりちゃん、暑くなかったかい?」
「暑かったよ。襦袢がぐっしょりしてた。おばあちゃんだってあの日差しの中、
 ずっと座りっぱなしで暑かったでしょ?疲れてない?」
「まりちゃんに比べれば何てことはないわよ。」
「倒れないでね。」
「ほほ、ありがとう。今日は36℃を超えたんですって。さっきテレビでやっていたわ。」
「…ホントに!?」
「ええ。暑い中、ご苦労様でした。しっかり食べるのよ。」

マジか…そんなに暑かったのか。
この町で36℃ってプレミア級の暑さだよ。
そりゃ、汗が止まらないわけだわ…。

「今日は夜も暑そうね。」
「うん。でも風はだいぶ涼しいし、踊ってもそこまで暑く感じないんじゃないかなぁ。」
「そうねえ。」
「おばあちゃん達も踊る?」
「私達は初めだけ参加する予定よ。もう年だし、端の方で一通り踊ったら戻るわ。」
「そっか。」
「まりちゃん達はもちろん最後までよね?」
「どうかなぁ。弁や梵が眠くなったら切り上げるかも。」
「ほほ。まりちゃんのことだから、きっと熱くなっちゃって最後までいるんじゃないかしら。」

おばあちゃんが楽しそうに笑う。
…うん、まぁ。
きっとそうなるだろうけど。

「まだまだ若いんだから、めいっぱい楽しめばいいのよ。」
「ふふっ、ありがとう。おばあちゃんのお漬物、いつ食べてもおいしいね。」
「お嫁に行く時は糠床を分けてあげるわ。」
「…頑張ります。」
「みなさんもたくさん食べて、英気を養って、どうぞ踊りを楽しんできてくださいな。」

みんなで食べれば、ぎっちりあったおにぎりもあっという間になくなる。
腹ごしらえも済んだところで、もう一度町へ。
外に出てみると、流れる空気が涼しいものに変わっていた。
うん、踊りやすい。
だけど、町の熱気は36℃のまま。
これから長い夜が始まる。


2023.06.05. UP




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夢幻泡沫