Main



それは、甘い

90



町の中心部には3台の屋台車。
山車を引く時に大太鼓を乗せていたものが、今度は囃子衆を乗せることになる。
青年を中心に住んでいる場所の関係なく、適宜交代をしながら一晩中奏でる。
その屋台車の周りにはすでにたくさんの人が集まっていた。

「すごい人数だな。」
「はい。日本、日の本中から集まるんです。戦見物の興奮が冷めやらない中ですから、
 誰も彼もすっごくハイテンションなんですよ。」
「はい、てん、しょ…?」
「気持ちが高揚している状態のことです。振りが分からなくても
 気にしなくていいところが参加しやすいポイントですね。」

この時期の観光客は日中のイベントも楽しみにしてくれているが、流し踊りに参加する事を最も楽しみにしてくれている。
見学自由、参加自由。
それなら、踊った方が楽しいじゃない?
ほら、『踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら…』なんて言葉もあるぐらいだし。
夜通しで踊るから、初めは振りが分からなくても段々覚えるし。
盆踊りの振りってどこか似たようなものがたくさんあるし。
間違っても誰も気にしないし。
ざわざわとしていたけれど、実行委員長の挨拶が始まればこの場にいる全員の意識がそちらへ向く。
手短に終わらせると、屋台車が間隔を開けた。
実行委員長がマイクを囃子衆に預ける。
さあ、踊りの始まりだ。
まずはこの町の踊りの代名詞とも言えるもの。
しっとりとした調子に合わせて下駄をカランコロンと鳴らしながら手を振る。

「ゆうがな踊りだな。」
「梵…優雅って言うかね、そうだなぁ…この踊りはこの町を表しているの。お城を仰ぎ
 見て、川が流れていて、山に囲まれていて、そんな中で私達は暮らしていますよって。
 善政を行ってくれたお殿様に感謝して、豊かな自然に感謝して、私達は生きていますって。」
「民にかんしゃされる領主だったのか?」
「そういう時代にこの踊りは作られたみたい。もちろん長い間のことだから、いいお殿様
 だけとは限らないけど。梵はどんなお殿様になるんだろうね?楽しみだなぁ。」
「梵天丸様は民を大事にし、日の本を統べる御方になるに決まっているだろう!」
「あはは…ですよね。小十郎さんは文句なしの右腕…うぅん、右目で梵を支えるんでしょうね。」
「当然だ。」

多分、盆踊り自体が初めてなんだろう。
梵も小十郎さんもぎこちなさの残る動きで。
けれども、『伊達者』の起源と言われているにふさわしい、能を彷彿とさせるような所作で踊っている。
2人の方が優雅だって…。
地元民としては悔しいけど、楽しんでくれているようだからいいや。
次の踊りは、この地方で特産だったものを表現したもの。
足を蹴り上げたり、跳ねたり、腕を振り下ろしたり、元気よく踊れる。

「まりどの。 この おどりは たのしゅう ござるな。」
「そうだねぇ。若い馬の元気な様子だったり、駿馬の逞しい様子だったり、それを乗りこなす
 様子だったりを踊っているんだよ。昔はね、この辺一帯が馬の名産地だったんだって。」
「かいや うえだにも すばらしい うまが たくさん おりもうす。
 おやかたさまの きばたいは、 ひのもといちに ござるぞ!」
「へぇ、そうなんだ。…ん?甲斐の騎馬隊って…もしかして、弁の言う『おやかたさま』ってさ…」
「甲斐の大将は武田信玄様だよ〜。」
「はっ!?えっ!?」
「まりちゃん、知ってるの?」
「知ってるも何も…有名すぎるって…」
「ふ〜ん…こっちの『武田信玄』様も強いんだ。」
「強かったっていろんな書物に残っているよ。えぇ…そうなんだ…弁のお館様が武田信玄、ねぇ…」

新事実発覚!
でもやっぱり違う世界なんだ…だってここの世界では、信玄と幸村が出会ったなんて史実はないもん。

「…それで、弁も馬に乗れるの?」
「それがしは まだまだに ござる。 けれど、 すぐに のれる ように なって みせもうす!
 きばたいを ひきいて おやかたさまの おやくに たてるよう、 たんれんに はげむ しょぞん!!」
「うんうん、期待してる。」
「まりちゃん、俺様には聞いてくれないの〜?」
「佐助さんは乗りこなしているんでしょう?そんなの、聞かなくても分かります。」
「ちぇ〜、冷たいの〜!」

拗ねている佐助さんも、周りのまねをしている弁も、笑顔のまま。
踊りはここでの暮らしを表現したものへと変わった。
腕を振り、下駄を強く鳴らして、腰を曲げて。

「…単調だな。」
「そうだね、松寿。同じ動作の繰り返し。何を表しているか分かる?」
「…」
「これはね、田植えの様子を表しているんだよ。」
「田植え…」
「同じ動きの繰り返しで単調かもしれないけど、お米って生きていく上で絶対に必要なものでしょ?
 手で植えていた時代は時間もかかるし重労働だったけど、それでも稲を植えなきゃ生きていけない。」
「まり達は手で植えないのか?」
「ほぼ機械じゃないのかなぁ?私も田植えなんて学校で体験したぐらいだよ。」
「絡繰か。作ってやれりゃあ、農民が楽になるな。まり、構造は分かるか?」
「分かるわけないでしょ…等間隔で苗が出てくる仕組みだったと思うけど。
 車をそんな風に改造した感じなのかな?」
「くるまか…」
「元親は優しいね。庶民のことを考えてくれるお殿様。」
「いつか、まりも四国に来いよ。こっちでたくさん世話になった分、俺達の世界を見せてやるぜ。」
「あはは…できるならね。」
「こやつの言葉なぞ、本気にするでない。まりが苦労するだけであろうに…。」
「もしそっちの世界に行っちゃったら、松寿も安芸を案内してくれる?」
「…」
「松寿?」
「…我が安芸を統べているのであれば、な。」
「ふふ、ありがとう。大丈夫よ、松寿はきっと安芸を束ねるって。」
「随分と気安い言葉だ。」
「家臣を大事にね。町の人や農民も大事にしてね。」

『捨て駒』なんかじゃないんだよ。
人の命は何より尊いものなんだから。
この子達の未来を想像してみても、きっとそれはハズレだろう。
私の知っている『伊達政宗』も『真田幸村』も『毛利元就』も、この世界の彼らだから。
梵や弁や松寿には当てはまらない。
だからこそ、この子達の未来には希望がある。
自分の望む将来を手にしてほしい。
それに近づく努力も、それを手に入れる意思も、この子達は持っているのだから。
次々と変わっていく踊りが2、3周した頃、屋台車と共に移動していた輪がちょうど実家の近くにさしかかった。

「結構夜遅くなってきましたけど、どうします?まだ踊りますか?」
「…う〜ん。まだ踊っていたい気もするんだけど、そろそろ切り上げた方がいいかな。」

弁丸様がね〜の言葉に指された当人を見ると、まばたきの回数が異様に多い。
これは眠い証拠だね。
梵も少し目が据わっていると言うか、瞼が重そう。
松寿だってもしかしたら…態度には出ていないけど。
そろそろ帰りましょうか、と他の大人組に確認を取る。
そうだなと肯定が返ってきたので、踊りの輪から外れて実家へ。

「なかなか楽しかったな。」
「よかった。今日はいつもより疲れてると思うから、ゆっくり休んでね。」

一人一人から『おやすみ』をもらい、私も家に帰ろうとおじいちゃんの家に背を向けた時。
パシッと誰かに腕を掴まれ引っ張られた。


2023.07.03. UP




(90/96)


夢幻泡沫