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それは、甘い

09



「とりあえず、ご飯だよね。」

米櫃を開けてふと思う。

…この人達、どれくらい食べるんだろう?
大人が4人で、子供が3人。
う…よく分からない。
できるだけ炊いておいて、あまったら冷凍しておけばいいか。
お釜に計量カップでザカザカ入れてシンクまで持っていったら、片倉さんと猿飛佐助が驚いたように目を丸くしていた。

「…おい、それは何だ?」
「え?お米ですけど。」
「…俺様の見間違いじゃなきゃ、それ白米だよね。」
「白米ですね。」

何を言ってるんだ、この人達は?
そのまま蛇口を開けて水を入れようとしたら、片倉さんにものすごい勢いで手首を掴まれた。

「わっ、危なっ…」
「…何をしている。」
「何をって…お米を洗おうとしていますけど。」
「全部…か?」
「はい、全部ですよ?」
「信じられねえ…。やめておけ、勿体ねえ。」
「…え?」
「白米をそんなに使って『とても質素』なの?まりちゃん、やっぱりどこかのお姫さんじゃないの!?」

思わず『はぁ!?』と顔を歪めたくなって…
思い出した。
彼らがいたいわゆる戦国時代は、玄米食が一般的だった。
江戸時代ですら、白米が贅沢だとされていたんだったっけ。
そりゃ驚くよね。

「…ここでは白米が一般に食されているんです。むしろ、玄米や雑穀の方が高いんです。片倉さん、分かったら手を離してください。」
「…事実だな?」
「事実です。」

一応手は放してくれたけど、絶対疑ってるでしょ!?
ホントに失礼しちゃう。
炊飯器にお釜をセットしてボタンを押せば、ピーっと音が鳴る。

「何だっ!?」
「…言い遅れました。ご飯を炊く合図です。気にしないでください。因みに炊き上がった時も音が鳴りますので、そんなに構えないでください。」
「…それも機械とやらか?」
「そうです。」
「へえ〜。本当に機械だらけなんだね〜。」

猿飛佐助が感心したような、呆けたような感想を述べる。
ですねぇと空返事をしながら、冷蔵庫を開ける。
お味噌はあった。
ついでに卵も。
冷凍庫は…と開けると、油揚げがあった。
ケトルでお湯を沸かして油抜きをし、短冊切りにする。
ラックを見れば、お麩があるじゃないですか。
ビバ乾物!
一人暮らしの味方!!
お鍋に水と油揚げとお麩を入れて、火をつける。

「うわっ!火が勝手に!?」
「コンロと言います。このスイッチで火をつけて、上のレバーで火力を調整するんです。」
「へえ〜、便利だねえ。それも機械?」

え?
コンロって機械?

「…すみません、よく分からないです。」
「ふ〜ん、まあいっか。」

お味噌汁を作っている間に、卵をパックごと取り出す。
あ、賞味期限ギリギリ。

「っ…おい、それ…」
「卵ですね。嫌いですか?」
「そういう事じゃなくてだなあ…」
「まりちゃん、もしかして卵も…」

…あぁ、そういうこと。

「そうです。卵も一般的に食されているものですから、どうぞ気にしないでください。」

出汁の素を水で溶いて卵と混ぜる。
一気に10個以上の卵を使った私に、2人はあんぐりとしていた。
そのうちに炊飯器がピーっと音が鳴って、ご飯が炊き上がったのを知らせてくれる。
片倉さんが一瞬だけ表情が恐ろしくなったが、今度は黙ってくれた。

「ご飯が炊き上がりました。ホントに申し訳ないですが、朝ご飯はこれだけです。毒見、してください。」
「…ああ。」
「…あ、おいしい。」
「…それはよかったです。」

意外な感想を聞いてしまった。
猿飛佐助がそんな事を言うなんて……。
ぎこちなくなってしまっている表情をむりやり動かして笑みを作ると、塩を取り出す。

「お茶碗が人数分ないので、おにぎり?おむすび?にします。これが出来上がったら朝ご飯にしますので、向こうにいる人達に伝えて下さい。どちらかは向こうのテーブル、あ…机を拭いてくれると嬉しいのですが。」
「はいは〜い、俺様が拭くよ。」

なぜか立候補した猿飛佐助に濡らした布巾を渡す。

「…俺が握る。」
「それならお願いします。私は卵焼きを切って器に盛りますね。あと、お味噌汁も。」
「ああ、頼む。」

キッチンに入ってきた片倉さんは蛇口をなんなく開けて、手を洗った。

「もう覚えたんですか?」
「あ?ああ、さっき見てたからな。」
「すごいですねぇ。一回で覚えられるなんて。知らないものばかりでしょうに。」
「まあな。この世界は随分と便利な世の中だと思うぞ。この水にしてもわざわざ井戸から汲まなくていいんだからな。」
「便利すぎて何もないところに放り出されたら、すぐに死んでしまいそうですけどね。」
「違いねえ。」

次々とご飯を握っていく姿はなぜか手慣れていて。
子供達用にわざわざ小さいサイズまで作っているあたり。

「…おとうさん?え、おかあさん?」
「あん?」
「いえっ、何でもありませんっ!!」

ドスの効いた返しに視線をさっと逸らし、お味噌汁を温め直す。
なにせ、一人暮らし。
食器がないのでお茶碗やらボウルやら、挙句の果てにマグカップに注いだのはご愛嬌と言う事で。
キッチンとリビングを何往復かしてやっと朝ご飯が用意できた。

「すごいで ござる!」
「姫飯と卵だと…!?」
「贅沢だねー。」
「いや、あのっ…違うんですよ…」

あぁ、時代ギャップ。
こんなことでも一つ一つ説明が必要だなんて。
また一から説明を始めた自分に目が眩う。
こんな調子でこれから大丈夫なの!?


2017.08.28. UP




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夢幻泡沫