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それは、甘い
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今日は街灯はともさずに、灯りは屋台車の飾りと輪の端を示す提灯のみ。
それと夜空の光だけなので薄暗い。
前を走る後ろ姿は長いポニーテールが揺れていて、その特徴的な姿で誰かは分かったけど。
どうしてこんなことになっているのか分からない。
「慶次っ!?」
「しっ!」
声を上げた私に、振り返った顔が楽しげに笑う。
口に人差し指を当てて、パチっと片目をつむって、掴んだ手をクイと引っ張る。
うわっ、チャラい。
家からはどんどん離れていって長細くなっている輪の端の辺りで、慶次はようやく走るのをやめた。
「走らせちゃってごめんよー。」
「い、けど…ど、した…の?」
ヤバい。
息が続かない…。
なのに、どうして慶次は平気なの?
膝に手をつきながら俯いて息を整える私の背中を、慶次が優しくさすってくれる。
なかなか回復しない私に呆れるでもなく付き合ってくれるのは嬉しいんだけど。
それなら、走らせないでほしかった…。
「…はぁ。ありがとう、もう大丈夫だから。」
「そうかい?」
「うん。それで、どうしたの?」
「いやー…俺、まだ祭りを楽しみたいなーと思ってさ。」
「それならこんな風に隠れてじゃなくても、言ってくればよかったのに。」
「それだと弁丸達が駄々をこねるかもしれないじゃん。それに…」
「それに?」
「こっそり来た方が楽しいと思わないかい?」
にやりと笑う慶次に、一瞬だけ思考が停止した。
けれどすぐに噴き出してしまった私も、走っている最中から同じ考えが浮かんでいたのかもしれない。
「あはは、確かに。それじゃ、お祭りを楽しもうか。」
「いいねー!」
踊っている集団に交じり、手を振り、下駄を鳴らし、合いの手を入れる。
多少でたらめだって構わない。
疲れたら手を抜いたって構わない。
間違っていたって構わない。
この雰囲気を楽しめればそれでオッケー。
「踊るあほうに見るあほう、ってね!ほら、まりちゃん。踊ってるかい?」
「踊ってる、踊ってる。慶次、初めてなのに上手だねぇ。」
「へへっ、ありがとよ。京も祭りが盛んでさ、祭りっていいのねー。気持ちが華やぐ。」
「うん。」
「京だけじゃないよー。俺、楽しいことが好きだからさ。祭りを求めて日の本を渡ってるんだ。」
「いろんなところのお祭りに参加してるの?」
「そうだよ。見てるだけってのもあるけど、祭りってその場に
いるだけで楽しくないかい?俺、祭りの雰囲気が大好きなんだー。」
「それは分かるかも。」
ニコニコとしている慶次を見ていると、ホントにお祭りが好きなんだなぁって思う。
一緒にいる人が楽しんでいると、何だか釣られてしまうのってよくあること。
私も口端が両方とも上がったまま、お囃子に合わせてひたすら踊った。
時間がだいぶ過ぎたのが分かる。
踊りの輪が町の中心地まで戻ってきていた。
ここから後半戦。
流してない町のもう片側へ踊りの場が移る。
その前に、と私は慶次を見た。
「少し休憩しない?」
「おっ、いいねー。俺、喉が乾いちゃった。」
「私も。まだ屋台もやってるし、先は長いから飲み物でも買おうよ。」
オレンジの光が立ち並ぶ屋台の中、目的のお店へ足を進める。
「ねぇ、慶次。もうここの地酒、飲んだ?」
「地酒?飲んでないなー。」
「そっか。それならお勧めがあるんだけど、飲んでみない?」
「いいね、いいねー!」
着いた先には大きなクーラーボックスに大量の氷水が張ってあり、ペットボトルや缶が漬けられていた。
でも、私の目的はそれじゃない。
その奥を見れば、狙っている物の容器が陳列されていた。
よしっ!
「慶次は本醸造と純米、どっちが好き?」
「…ごめん、よく分からないよ。」
「じゃあ、辛口と甘口は?」
「そうだなー、どちらかと言えば辛口かな。」
「そっか。あ、どうせなら両方買えばいいんだ!」
うわっ、何でこんな簡単な事を思いつかなかったんだろう。
「おじさん、こんばんは。」
「おっ、鈴沢さんとこのまりちゃんじゃねえか。こんばんは。えらい活躍してたな。」
「ふふっ。今年は笹穂がいただきましたよ!」
「伝説に出てこられちゃあ仕方ねえ。悔しいが見事なもんだった。」
「ありがとうございます。」
「隣にいるのはまりちゃんの彼氏かい?隅に置けないねえ。」
うん、それもういいから。
「…お祭りを楽しんでくれてる人ですよ。それでね、おじさん。
あれの本醸造と純米を1つずつくださいな。」
「まいどあり!」
注文を受けたおじさんは暗室から出した地酒を紙コップにトクトクと注いでいく。
「ちょっと多めに入れといたから。」
「わっ、ありがとうございます!」
「兄さんも祭り楽しんでくれよ!」
「ありがとうよー。」
お金を払い、なみなみに入っているコップを受け取る。
これは持って歩けないぐらい入ってるなぁ。
へへっ、ラッキー。
「慶次、こっち辛口。こぼしちゃうと勿体ないから、このまま一口飲んじゃって。」
「ん…おっ、うまい。」
「ついでに甘口も飲んでみちゃう?」
「なら、遠慮なく。」
傾けるまでもなく飲み比べる慶次が自然体すぎて。
だって紙コップを持ってるの、私のままだよ。
ホント、チャラいわぁ。
「あー、甘口って言ってもそこまであとに残るわけでもないんだ。これはこれでうまいねー。」
「口に合う?」
「うん。」
「よかった。綺麗な水で有名な町だから、おいしいお酒も作れるんだよ。町の自慢の一つ!」
「まりちゃんも一口どうだい?俺が持ってるからさ。」
交代するように紙コップを持った慶次に近づき、今度は私が顔を寄せる。
飲み慣れたお酒も、雰囲気が変わればまた味も違うもので。
それに、『チャラい』とか言いながら私も同じ事をしちゃってるし。
クスクスと笑い出した私を慶次が不思議な顔をして見る。
「ごめん、ごめん。私も人前なのにふざけてるなぁって思って。」
「これも祭りのおかげかな。まりちゃんと二人っきりで
戯れるってなかなかできないからさー。俺、気分いい。」
「私も楽しい。」
「どうせなら少し祭りを離れて休まない?座ろうよ。」
「うん。じゃあ、鎮守さまに行く?あそこなら広いし、座る場所も用意されてるし。」
「ついでに探索もしようよー。」
慶次がいたずらっ子のような笑顔で提案してくる。
顔を見合わせて笑い合うと、私達は鎮守さまに向かった。
2023.08.07. UP
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夢幻泡沫