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それは、甘い

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「まりちゃ〜ん、あっそびましょ〜!」

家の外から聞こえてくるふざけた誘いに、お布団からズリズリと這い出た。
徹夜明けだってのに、元気だなぁ…。
手櫛で髪を整えながら部屋の窓を開けると、友人達がニッと笑って立っていた。

「な〜に、まり。今、起きたの?」
「おはよ…朝から元気だね。」
「朝の時間はとっくに過ぎてるっての。川に行こう、川。今日だけ笹穂が独占だよ。」
「…あぁ、そっか。」

この町の真ん中を流れる川は大きくて綺麗で、今の時代だって言うのに暑い時期は絶好の遊び場になっている。
その川を、昨日の戦で勝利した隊が一日だけ独占して遊んでいいのだ。
とは言っても大きい川だから、少し離れたところで別のグループが遊んでたって全然問題はないんだけど。
メインとなる遊び場を独占できるとなれば、この町の子達は朝からテンションが上がるもので。
イイ年をした友人達がこうなるのも分かる。

「…支度したら行くよ。先、行ってて。」
「絶対だよ〜。姫が来ないとかあり得ないからね!」
「はいはい。」
「せっかくだから、片野さん達も誘ってみれば?練習にたくさん付き合ってもらったし。」
「ん、声かけてみる。倭は?」
「もうとっくに。いつまでたってもあんたが来ないから、優しい私達が呼びに来たってわけ。」
「…それはどうもお手数をかけまして。」

待ってるからねと先に行った友人たちに手を振ると、うんと両手を上にあげて伸びをする。
それから箪笥をガサゴソとあさって、出てきたものに頭が痛んだ。
…え、これ。
この年で着るとか…拷問でしょ…。
他になかったっけ!?
いや、確かもう少しマシなのがあったはず!
慌ててさらに奥を覗き込み、ようやく見つけたものに深い溜息が出る。

「…まぁ、一番まともかな…。」

腕組みをしてしばし睨んだ後、私は部屋を出てお母さんを探した。

「あ、お母さん。おはよう。」
「おそよう。ようやく起きたのね。」
「仕方ないでしょ、寝たのが遅かったんだから。」

朝から嫌味を言わないでほしいなぁ。

「それで、川には行くんでしょ?」
「聞こえてた?うん、せっかくだから行こうかと思って。倭ももう行ってるんでしょ?」
「ええ、だいぶ前にね。誰かさんにも一応、声をかけたみたいだけど。
 返事はもらえなかったらしいわよ。」
「…すみませんねぇ。」
「熱中症に気をつけなさいよ。」
「うん。それでね、弁達も誘おうかと思ってるんだけど、水着って余ってる?」
「子供達のは倭の小さい頃のを出せば問題ないけど、大人達は…町で買う?」
「だよねぇ…。本人達に聞いてみるわ。」
「取りあえず、ありそうなものを用意しましょうかね。」
「どうもありがとうございます。」

水着の件はお母さんに任せて、私はおじいちゃんのところへ。
私を待っていたかのように飛び出してきた弁達は、やっぱり先程のやり取りを聞いていたようで『いきとうござる!』と目を輝かせている。
大人組に水着がないんですけど…と言えば、『いや、流石に川には入らない』と断られた。
何で?
気持ちいいのに。
子供達が着替えている間に、私も着替える。
数年前のだけど、タンキニだから何とか許容範囲でしょ…。
ニットレースのトップスも着るし、下はショートパンツタイプだから町中を歩いても大丈夫だし。
髪もアップに纏めてみんなのところへ行けば、予想していた通り小十郎さんの視線が痛かったけど。
しかたないでしょ、これが一番おとなしいんだから。
川へ行けばもっと大胆なコいるからね。
お説教なんかしないでよ!?
まぁまぁと小十郎さんを宥めつつ、川へ向かった。
途中で食糧やらドリンクやらを買って、笹穂のみんなが待つ場所へ。

「まり〜!やっと来た!」
「お待たせ!」
「ほら、駆けつけダイブ!女を見せろっ!!」
「オッケー!」

河原にいる友人が私を見つけ煽った。
この町に生まれた子には、ある程度の年になると度胸試しが待っている。
川にかかっている歴史ある橋からの飛び込み。
もちろんかなりの高さがあって出来ない子の方が多いから、飛び込めた子はその勇気を称賛され一躍ヒーローになれる。
これが出来て初めて一人前として扱われるのだ。

「小十郎さん、脇から河原に降りられますから先に行っててください。」
「おい、まり?」
「まりちゃん、何するの?」
「ショートカット…ですかね?」

トップスと靴を脱いで慶次に預けると、欄干に乗る。

「まりどの!? なにを して おいでか! あぶのう ござる!!」
「大丈夫だよ。」
「まり、おりろ!!」
「弁も梵も大丈夫だって。見てて!」

川で泳いでいる子達が場所を空けてくれれば、準備万端。

「まり、行っきまぁすっ!!」

威勢良く名乗りを上げて、欄干を蹴り空中へ飛び出す。
この落ちる時に見える、空と川の輝きが好きなんだよね。
ものの2、3秒後にはザバンと白い飛沫を盛大にあげて、数メートルの深さに足から飛び込んだ。
泡が上がっていくのと一緒に水面へ顔を出せば、やんやの喝采が耳に入ってくる。
見上げれば、10メートル以上も上から弁達が心配そうな顔をして覗き込んでいた。
大丈夫だよと手を振ると安心したように顔を引っこめたが、代わりに大きな人影が欄干に乗る。

「まり、どけっ!」

お日様を背に逞しい上半身が、光を乱反射している色素の薄い髪が、眩しい。
慌てて安全な場所へ泳いで避ければ、さっきの私以上の飛沫が立ち上がった。

「…ぶはっ。」
「元親!?どうしたの、急に。」
「いや、おもしろそうだと思ってな。」
「ケガしてない?」
「してねえよ。」

地元の子達は上の世代から代々教えられてくるからあまりケガはしないけど。
それでも一歩間違えれば、大ケガをしかねない。
まして初めての人がいきなり橋からなんて…。
悠々と浮かんでいる元親に近寄って裸になっている上半身を見回す。
うん、本人が言うように大丈夫そうだ。

「…ケガなさそうだからよかったけど、飛び込まないんじゃなかったの?」
「いや、まあ…そのつもりだったんだけどな。」
「下、洋服でしょ?どうするの?」
「こんだけ晴れてりゃあすぐ乾くさ。そんなことより、こいつを見つけちまったからな…」

そう言って私の胸元を元親は指した。
その指先を辿っていけば…

「っ!?」
「そんなとこに痕をいくつもつけるとは、悪い虫もいたもんだ。」
「あの、あのね…これ、は…」

これ、昨日の…っ!
やだっ、こんなに残って…
慌てる私に何を思ったのか、元親は私の腰を掴むと胸にある赤を甘噛みした。


2024.08.05. UP




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夢幻泡沫