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笑顔から力をもらえるのは
03
収録も順調に進み、朝日奈さんとの距離も徐々に近づいている…はず。
朝日奈さんは収録のたびに顔を出してくれて優しいんだなあって改めて思った。
…他の声優さんに対しても同じなのかもしれないけど。
だけど彼に対する気持ちは私が一番のはず!
担当キャラもだんだん可愛く思えてきて、役作りも楽しくなってきて、順調だと思わない!?
キャラの気持ちが込められた歌詞をなぞりながらも、口端が上に動いていくのが分かる。
この子って淡々としていて分かりにくいけど、部下である主人公を大事にしているから。
「…朝日奈さんもこんな気持ちなのかな?」
仕事に全力な朝日奈さん。
部下ではないけれど、私も彼からのサポートを受けて作品を形にしているし。
こんな風に想われたいなあ、なんて思っていると。
「あれー?南緒ちゃんじゃん★」
明るい声で名前を呼ばれた。
振り向かなくても分かる。
この後に落ち着いた声でもう一度呼ばれるんだよね。
「あ、ほんとだ。南緒ちゃんだ。」
「椿くん!梓くん!」
やっほー、と手を振ってきたのは双子の仕事仲間。
二人とも仕事が次から次へと舞い込んでくる、いま売り出し中の若手人気イケメン声優。
年齢は彼らの方が上だけど、仕事歴は私の方が長くて、ちょっとややこしいなんて思わないでもない。
だけど二人とも私と仲良くしてくれているし可愛がってくれているから、お兄ちゃんみたいに慕っている。
「おはよー★今日も可愛いねー。さっすがアイドル!」
「椿、最後のは余計だよ。アイドルじゃなくても可愛いでしょ、南緒ちゃんは。」
「出たー!梓の南緒ちゃん贔屓!」
「二人とも、おはよう。今日も一緒なんだね。」
「俺は梓ラブだかんねー★」
「はいはい。暑いから離れて。」
いつも繰り広げられるコントのようなやり取りを笑って見ていれば、奥から聞き覚えのある声が焦ったように掛けられた。
「椿!梓!俺を置いていくな!オマエらと違って俺は素人なんだぞ!」
「あ、やっと来た。遅いぞ、棗ー!」
「遅いって、あのなあ…」
眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をしたその人を見た瞬間、私の心臓が高鳴る。
「朝日奈さんっ!」
「…ああ、浦嶋さん。おはようございます。」
「おはようございます。えっ、どうしてここに…?」
「別のゲームの宣伝に来ました。こいつらの出ているゲームなんですけど。」
「こいつらって、棗ひどーい!お兄ちゃんは悲しいぞ★」
「お兄…ちゃん?」
「そう。棗は僕達の弟なんだ。」
「俺と梓は同じタマゴの一卵性。棗はタマゴ違いの二卵性★てか、南緒ちゃんと棗って知り合いだったんだ?」
「うん。新しいゲームのキャラをすることになったって言ったでしょ?そこの担当者さん。」
「へえ、棗ってちゃんと仕事してるんだね。」
「おい、梓。」
「椿くんと梓くんこそ、朝日奈さんと知り合いだったら教えてくれたらよかったのに!」
「へ?どうしてー?」
「朝日奈さんの好みを知りたくて!」
「うん?どういうこと?」
「私、朝日奈さんのこと好きなの。応援してね!」
「えっ…ちょっと待って!?南緒ちゃんが?棗のこと?好き?え!?」
「うん。朝日奈さんに一目惚れしちゃった!…というか、椿くんも梓くんも『朝日奈さん』だから、『棗さん』ってお呼びしてもいいですか?」
「…はあ、まあ…」
「やった!」
困惑気味に返答した棗さんの了承に両手を合わせれば、パチンと軽快な音が鳴る。
まるで私の心そのものが表現されたみたいで、嬉しさに拍車がかかった。
「えー!?俺の方がかっこいーでしょ!?」
「椿くんもかっこいいけど、棗さんは別格!私の好みをそのまま具現化したって感じ!」
「…棗と南緒ちゃんがお付き合いをするとして、もしゴールインまでするとなったら南緒ちゃんは僕達の妹になる…のかな。」
「っ、マジで!?いーじゃん、それ★棗、付き合えよ!」
「ふざけるな!オマエの性癖を押しつけてくるんじゃねえ!」
「僕も南緒ちゃんが本物の妹になったら嬉しいな。」
「私も椿くんと梓くんが本当のお兄ちゃんになってくれたら嬉しい!」
「ほら、棗ー!お前がOKすればまるく収まるじゃん★」
「そう言う問題じゃないだろ!」
今まで見た事ない顔で椿くんに噛みつく棗さん。
新しい一面を見られてにこにことしていると、髪をかき上げた棗さんが困った顔で私を見た。
「…浦嶋さんも俺をからかうのはよしてください。」
「あ、ヒドいです!私、からかったりなんてしていません。」
「一般人の俺と浦嶋さんとでは釣り合いませんって。」
「そういうの、好きになってしまえば関係ないでしょう?一目惚れなんです。ずっと好きだって言ってきたはずですけど?」
「うわー、熱烈ー★」
「棗には勿体ないぐらい。」
「違うよ、椿くん、梓くん。逆だって。私にはもったいないぐらいの人なの、棗さんは。だけど好きなんだもん。本当ですよ、棗さん!」
「…はは、ありがとうございます。」
ああ、もうっ!
思いっきり愛想笑いしてくれちゃって!
なんでこの気持ちが伝わらないかなあ!?
モヤモヤとした気持ちで棗さんをじっと見つめていると、居心地悪そうに視線を逸らされてしまった。
ショック…。
俯いた私を椿くんと梓くんが慰めてくれる。
チラリと時計を見れば、そろそろ収録の時間だ。
でもこんな空気でここから離れたくないから。
「…二人とも、それに棗さん!私の気持ちは本当ですからね、冗談で流さないでほしいな!」
にっこりとアイドルスマイルでこの場を和ませる。
私はそろそろ収録が始まるけど二人は大丈夫?と聞くと、スマホで時間を確認した梓くんがちょっと焦った表情を見せた。
もう行かなきゃと歩き出した3人に頑張ってね!とアイドルスマイルのまま応援を送る。
…うん、こんなことぐらいで負けないもん!
2018.10.18. UP
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夢幻泡沫