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con amore

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ピアノを続けたい。
音楽をもっと知りたい。
…彼の音を聴いていると思いは募る。

静香は泣きそうな顔で理事室へ急いだ。

「暁彦さん…」
「…静香か?」
「はい、入ってもいいですか?」
「どうぞ。」

ガチャリと重厚なドアを開ければ、椅子に座っている吉羅が書類を片手に静香を出迎えた。

「ごめんなさい。あの、少しお話が…」
「私に話?」
「ええ。」
「構わないが…まずは、コンサートお疲れ様。きみの演奏だけしか聴けなかったが、満足な出来栄えだった。」
「ありがとう。」
「それで、どうした?まだ文化祭の最中だろう?」
「…」
「静香?」
「…」
「黙っていては分からない。私も忙しい身だ、何でもなければ…」
「…ピアノ、続けたいです…」
「…」
「音楽…もっと勉強したい…」
「…約束は高校までのはずだ。」
「分かっています。でも…」

歪む顔を必死で隠しながら静香は食い下がる。
自覚してしまったのだ。
音楽を愛おしいと思う気持ちを。
もっと学びたいという意欲を。
思いを表現したいという願いを。

「…音楽が好きなの。もっと色々なことを知りたいって思うの。もっともっとピアノが弾けるようになりたい。」
「充分に弾けていると思うが?創立祭の時もそうだったが、今日の『アヴェ・マリア』も情感がたっぷり込められていた。客席を静香の世界に引きずり込んでいたではないか。」
「違うの!そうじゃなくて…」
「高校までの約束だ。…いいな?」
「っ…は、い…」

有無を言わせない吉羅の口調に、静香の心が砕かれる。
グッと唇を噛んで頷いた彼女に吉羅は溜息を吐いて宥めるように声をかけた。

「…夕飯、一緒にどうだ?」
「…ううん、いい。…忙しいのに邪魔してごめんなさい。」
「いや、気にしなくていい。少し遅くてよければ、帰る際に家まで送ろう。」
「ううん、大丈夫です。」
「…そうか。」
「ごめんなさい、暁彦さん…」

静香は微かに口で弧を描くと理事室のドアをゆっくりと開けた。



誰もいない練習室に向かう。
文化祭中で助かった。
静香は出来るだけ奥の方の部屋へ入るとピアノに顔を伏せた。
冷たい感触に込み上げてくるものがある。
蓋を開ければ、先程まで弾いていた講堂のピアノと何ら変わりのない艶やかなモノクロが現れて…。
感情に、勢いに任せて鍵盤を叩いた。

プロになりたいとか、音楽で生きていく…なんてことは考えていなかった。
元々が狭き門。
高校に進学する前に制限されてそれを承諾した以上、更に厳しい世界になったということも理解している。
今から音楽の世界に飛び込むのは相当の努力を必要とされるのだろう。
それを乗り越えられる自信と勇気は、残念ながら持っていない。
けれど…もっと音楽を知りたい。
もっと音楽と一緒にいたい。
それすらも許してはくれないのか…

乱暴になっていく手を静香は止めることができなかった。


2015.11.02. UP




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夢幻泡沫