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con amore
14
「静香ちゃん、あの…ちょっと、いいかな?」
「なに?」
「あのね、今度…コンクールがあるんだけど…」
「コンクール?」
昼休みに一緒に食事をしていた冬海が、少しだけソワソワしながら話しかけてきた。
静香はパックのジュースを飲みながら彼女を見る。
「コンクールって笙子ちゃんが出るの?」
「えっ…あ、ううん…私じゃなくて、その…土浦先輩が…」
「…土浦先輩?」
「うん…。金澤先生に推薦されて、出ることになって…。それでね…学内コンクールのメンバーで、応援に行こうって…話になって。…静香ちゃんも、一緒に…どうかな?」
「私はメンバーじゃないよ?」
「でもっ、文化祭で…一緒の舞台に、立ったし…創立祭も、土浦先輩と一緒に…」
「…うん、気持ちだけありがたくもらっておくね。でもやっぱり、私はコンクールメンバーじゃないから。」
「そんな…」
「土浦先輩なら問題ないだろうね。いいな、演奏が聴けて。」
「静香ちゃん…?」
「…楽しんで来てね、笙子ちゃん。」
眉を落としながらこちらを見てくる冬海に困ったように笑いかけると、静香はぼんやりと窓の外を見た。
「よう。」
掛けられた声に静香が振り向けば、昼休みに話題に上った人物がそこにいた。
「…土浦先輩、こんにちは。」
「おう。吉隠はもう帰るのか?」
「はい。先輩は?」
「俺は少し練習してから帰る。」
「笙子ちゃんから聞きました。コンクールに出るそうですね。」
「ああ、まあな。」
「…少し、意外です。」
「何がだ?」
「先輩がコンクールに出場するのが…」
土浦は音楽…というよりもコンクール自体を否定しているらしい、と学内コンクールの時に噂で聞いた。
それに学内コンクールまでは音楽に一切関係ないという素振りを見せていたとか。
不思議そうに尋ねる静香に、土浦は小さく息を吐いて真面目な顔をする。
「まあ…今だって、好きか嫌いかで言ったら…好きじゃないさ。」
「それなら、何で…」
「だけど、逃げてばかりもいられないしな。」
「…」
「俺は決めたからな。音楽の世界で生きていくって。そのためならコンクールにだって出るさ。今回のは小さい規模だけど、正確さ云々の前に比較的…将来性とか音楽性を重要視してくれるコンクールだって聞いてるしな。」
「…」
「俺をみくびるんじゃねーよ。たぶんお前が思ってる以上にずっと大きな存在だよ、音楽は。…俺にとってな。」
「…」
「吉隠…?」
「…先輩は…強いな…」
眉を下げて土浦を見上げると、静香はうっすらと笑った。
「…私は、ダメですね。暁彦さんに言われて、何も言えなくなるんだもの。音楽が好きだけど…ピアノが好きだけど、もう3年もないし…」
「…なあ吉隠、俺の練習を聞いてかないか?気分転換になるんじゃないか?」
「先輩の練習ですか…?」
不思議そうに首を傾げながら、静香はじっと土浦を見る。
惚れた相手に上目遣いで見つめられ、土浦の頬に熱が灯る。
「あ、いや…無理にってことじゃねえぞ…」
口元を隠すように手で覆い目を泳がせた彼に、静香も視線を下に落とす。
土浦の表情が思い出させてしまった。
…好きと言われたことを。
少し考えた後、静香はポツリと同意した。
「…そうですね、お邪魔します。」
無言のまま2人は練習室に入った。
土浦はピアノの前を陣取り、静香はそっと部屋の隅で椅子に腰かける。
真剣な横顔は端正で、眼差しは鋭くそれでいて優しい。
静香よりも断然大きな手は88音を支配し、彼の望むままに歌わせている。
静香はそっと目を閉じた。
土浦の奏でる音がいっそう体に沁み込んでくる。
…激情だけではない。
切なく、胸が苦しくなるような情感的な旋律を生み出す右手。
雑音になりがちな左手の低音も心地よく響いてくる。
「…いいなあ…」
素直にそう感じた。
繊細に表現できる卓越した技巧とダイレクトに訴えかけてくる旋律。
同じ楽器を弾くものとしての憧憬と嫉妬が入り混じる。
一途に音楽を追いかけられるという羨ましさもそこにプラスされて…。
こんな風にピアノが弾ける土浦先輩が羨ましい。
こんな風に弾いてもらえるピアノが羨ましい。
「ずるい、な…」
弾きたい。
全身をピアノに委ねて、全身で音を感じて。
感情を余すことなく表現したい。
私という存在をピアノで表現したい。
「でも…やっぱり好きだなぁ…先輩の、音…」
…ピアノをもっと愛したい。
もっと先輩の音を、聴いていたい。
2015.11.16. UP
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夢幻泡沫