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con amore

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じっと目を閉じ集中する。
…けれども頭の中に浮かぶのは吉隠のことばかりだ。
練習中に途切れ途切れに聞こえてきたアイツの声が、俺の鼓動を乱れさせる。

『いいなあ…』

何がいいんだ?
俺の音か?
俺の立場か?

『ずるい、な…』

…お前の方がずるいと思うぞ。
俺より年下のくせに、俺の出したい音を簡単に作りやがって。
俺より手も体も小さいくせに、吉隠の世界を瞬時に創りだしやがって。
聴いてるヤツを容易く惹き込んでいるのが分からないのか?
一度聴いたヤツらがお前の音を忘れられなくなっているのを知らないのか?

「次の人、こちらで待機していてください。」
「…あっ、はい。」

係員に声をかけられ、土浦はハッとしながら場所を移動する。

…集中しろ。
もうすぐ出番だ。
もともと負けるつもりはないが、吉隠が来てるんなら下手な演奏はできない。
格好悪いところは見せられない。

ふうと大きく息を吐き、土浦はアナウンスの紹介の後に舞台の中央へ歩み出た。
目の前に広がっている薄暗い空間のどこかに吉隠がいる。
それだけで気が引き締まった。

…初めは単なる好奇心だった。
同じような解釈をするヤツがどんな人間なのか、と。
けれど、吉隠の演奏をしっかりと聴いてしまったらもう逃れられなかった。
静かで、深くて、哀調を帯びている音を出すのは、事情があることだからで。
それを他人に言うつもりのないアイツは、1人で胸の奥にしまいこんでいるから更に音が脆くなる。
助けたくて手を差し伸べればあっさりと拒絶され、それでも諦めきれなくて食い下がっていれば弱々しく頼られた。
守ってやりたい。
俺の横で笑っていてほしい。
あの音以外にどんな音を持っているのか引き出してやりたい。
吉隠の全てを知りたい。

『でも…やっぱり好きだなぁ…先輩の、音…』

なあ、お前が好きなのは俺の音だけか?
…頼むから、俺を好きになってくれ。

大きな歓声に包まれて土浦の演奏が終わる。
審査員も観客も魅了したパフォーマンスは、彼が優勝するであろうことを如実に物語っていた。


2015.11.30. UP




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夢幻泡沫