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con amore

19



「静香。」

昇降口で待ち合わせていた土浦は、小走りに来た静香に片手を上げる。

「すみません、お待たせしました。」
「いや、気にするな。」

並んで歩き出す二人の後ろ姿は眩しい。
3年に進級する時に、土浦は音楽科へ転科した。
教師陣の熱烈な勧めもあったが、本人に音楽を学びたいという思いがむくむくと芽生えたのだ。
もともと成績は悪くない上に、演奏技術には文句をつけようがない程の腕前。
人当たりも悪いわけではないので同性を中心にクラスメイトとも打ち解け、新しい環境にもすぐになれたようだ。

「未だにこの制服、慣れないぜ…」
「タイが嫌だって言っていましたよね。」
「ああ、先生達がそんな煩く言わねえから外してるけど。まあ火原先輩なんかパーカーを着てたから、俺はマシなほうなのかもな。」

苦笑しながら襟元を寛げる土浦に、静香もクスクスと笑いながら相槌を打つ。

「あのさ、どっか寄ってかないか?腹へっちまって。」

自分の腹に手を当てながら土浦が穏やかに見つめてくる。
静香にとって、彼の隣はすでに落ちつける場所となっていた。
この穏やかな目が、優しい言動が、繊細な音色がとても温かいのだ。
頷いた静香にいつものところでいいかと笑いかけ、土浦は何を食べようか思案した。



「なあ。」

セットメニューを豪快に食べながら土浦は話を切り出す。
静香はスイーツをつつきながら正面に座る土浦を見た。

「はい?」
「変なことを聞くかもしれないが、1年の時の教科書とかノートとかってどうした?」
「1年の…ですか?家にありますけど。」
「そっか。」

静香の返事を聞きながら土浦は考える。
新しく始まった勉強は楽しい。
自分から学びたいと思っているものだから何でも吸収したいし、当然するつもりでいる。
ただ、一つ困っているのは下地がないこと。
これまでの積み上げがほとんどない状態で最高学年を過ごすのはきつい。
柚木と火原は大学でも音楽を専攻しているので、卒業時に高校のノートを貰えなかった。

「それがどうかしましたか?」
「ああ、いや…静香はまだ2年なのに、こんなこと言うのどうかと思うんだけど…」
「なんですか?」
「もし使わないんだったら、1年の時の教科書とノート貸してくれねえか?」
「貸す、ですか?」
「ああ。俺、音楽に関する勉強なんてしたことないから基礎がねえんだよ。もちろん、今までの分は自分でやるつもりだ。だけど、授業についてけなくなるのが心配でな。参考書だけじゃなくて、教科書やノートもほしいと思ったんだ。」
「なるほど。分かりました、家にありますので持ってきますね。」
「悪いな。」
「いえ、大丈夫です。教科書が結構厚いから、荷物になるかもしれませんが…」
「それなら俺が取りに行く。」
「え?」
「あー、いや…」

いったん言葉を切ると、土浦は頭に手をやりながら視線を泳がせる。
少しだけ早口のまま話す土浦の顔はほんのりと染まっていた。

「都合が悪くないんなら、お前んちまで取りに行く。重いもの持ってこさせんのも気が引けるし、どうせいつも近くまで送ってんだからついでだろ?静香さえよければ行くよ。」
「…それなら、今日よっていきますか?」
「そうだな、頼む。」
「はい。」

残っていたものをしっかりと食べ終わると、土浦は伝票を持って席を立つ。

「行こうぜ、静香んち。」
「先輩、お会計…」
「今日は俺の奢り。いいだろ?」
「…ありがとうございます。」
「おう。」

ニッと笑い、静香の手を引っ張るようにして土浦は店を出た。


2015.12.21. UP




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夢幻泡沫