Main



con amore

21



カチャリとテーブルに置かれた音に、土浦は演奏を止める。

「悪い、夢中になってた。」
「大丈夫です、気にしないでください。コーヒー、どうぞ。」
「サンキュ。プレイエル、いいな。ショパンが愛したってだけあるぜ。静香が愁情を得意とするのもよく分かる。」
「あまり大きな音が出ませんからね、プレイエルは。その分、自分の気持ちを代わりに表してくれる気がして。」
「ああ。ショパンが書き込んだ記号通りに弾いて、彼が考えていた響き、アーティキュレーション、ダイナミクスなんかを感じることができるなんてすげえよな。また弾かせてくれ。」
「はい、いつでもどうぞ。」

腕まくりしていたシャツを下ろしながらマグカップを受け取ると、土浦はゴクリと中身を飲む。
静香がフローリングに座れば、土浦は彼女の隣に座った。

「…先輩の演奏、母が褒めていました。」
「ああ、開けっぱなしで弾いてたから聞こえちまったか?ここ、閉めれば防音だろ?」
「はい、やっぱりたくさん弾きたいですから。」
「俺の部屋も防音だ。家はピアノ教室をやってるから、大抵どの部屋も防音仕様になっているがな。」
「ピアノ教室ですか。先輩が学内コンクールであれだけ弾けたのにも納得です。」

外見だけ見れば、土浦は音楽をやっているとは想像できない。
サッカー部に所属していたこともあって、体育会系育ちだと思われがちだし、中学からは実際にそうだった。
それなのにあれだけの技巧と表現を身につけたのは、小さい頃から音楽が身近にあったからだろう。

「あ、お前!今、碌でもないこと考えてただろ。」
「えっ、そんなことないですよ。」
「どうせ、俺とピアノは似合わねえみたいなこと思ってたんだろ。」
「…少し。」

クスリと笑った静香を見逃さずに、土浦はジロリと睨みつける。
素直に頷いた彼女の頭を小突くと、苦笑しながら自分もだと認めた。

「下で母と少し話していたんですけど、暁彦さんは土浦先輩のことを高く評価しているらしいですよ。」
「は?」
「転科を勧めたのも、先輩の腕を認めてのことだとか。」
「吉羅理事が!?なんか、そのうちにとんでもないことやれって言われそうだぜ。」

眉を寄せて予想通りの反応をする土浦に、静香は肩を揺らして笑う。
それを嫌そうな顔で眺めながら土浦は溜息を吐いた。

「…俺に転科を勧めるより、静香の音大進学を認めてやるべきだ。こんなに学びたがってるのに…な。」
「…ありがとうございます、土浦先輩。」
「俺に出来ることは何でもやるからな。頼れよ?」
「…嬉しい。」

はにかむように小さく笑う静香が愛しい。
そっと抱き寄せると細い腕が土浦の背中に回った。


2016.01.04. UP




(21/42)


夢幻泡沫