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con amore
23
今年の文化祭は、生徒の投票によって決まった人気上位者がステージで演奏することになった。
学内コンクールに出た土浦、志水、冬海は当然のように選ばれた。
月森もいれば間違いなく選ばれたのだろうが、あいにくと彼は今年度から海外留学をしていて不在だった。
静香も上位に入っていたのだが楽器が重なってしまうとのことで、決定には至らなかった。
ピアノ奏者としては、圧倒的な支持で土浦が舞台へあがることになっていた。
文化祭は2学期に行われる。
3年の2学期と言えば、大学受験に向けて本格的に励みださなければならない時期。
内部進学希望だったが、土浦も例にもれず筆記や実技に本腰を入れて取り組んでいた。
普段の授業、受験勉強、それに加えて文化祭での披露曲。
なかなか静香と一緒に過ごす時間がとれなく、何となくすれ違ってばかりいた。
こういう時は気持ちばかりが焦って何事もうまくいかない。
けれど、そんなことが起きているなんて思いもしなかった。
少し遠くに見える光景に、呆然とする。
静香が…他の男と歩いている!?
しかもあのタイ、1年じゃねえか!
立ち尽くす土浦に気づくことなく、静香は黒いタイを付けた生徒と一緒に音楽棟へ入っていってしまった。
「静香さん、この間のところなんだけど。」
練習室に籠ると、早速とばかりにタイを外しながら口火を切ったのは1年生の方だった。
「納得できなかった?桐也くんらしい演奏だと思ったけど。窮屈だった?」
「いや、あの伴奏でいいよ。だけど、もうちょっと…こう、華やかにいきたいんだよね。音量、あげられる?」
「う…んと、それなら…その前はもう少し抑えてみたらどうかしら?」
「いいね、それ。」
不敵に笑ったのは衛藤桐也。
今年から星奏学院に入学したのだが、その時点でヴァイオリンの腕前は在校生に引けを取らなかった。
というよりも、中学生の時に既に国際コンクールで優秀な成績を収めている。
静香と同じように彼も吉羅から音楽に苦言を呈されているのだが、そんなことは露ほども気にしていない。
彼本人があまり気にしていないためか、吉羅も最近では彼に対して何も言わなくなっていた。
難易度の高い技巧で飾られた華麗な演奏を入学早々披露して、すぐに月森のいないヴァイオリン専攻の中でトップと評されるようになった。
蓮さんがいても俺が一番だから。
そう豪語する衛藤は誰が相手でも負けないという勝ち気な性格の持ち主で、静香と吉羅とは親戚関係にあたる。
「静香さんの伴奏で弾くのって何年振り?すっげー楽しいんだけど。」
「桐也くんの音、華やかさが増しているのね。暁彦さんが呆れていたわ。」
「暁彦さんが固すぎるんだよ。あの人だって元々ヴァイオリンやってたんだし、学院の理事になってるんだし、また弾けばいいのに。」
「暁彦さんの音も華やかだったからなあ。」
「静香さんも暁彦さんの言うことなんか気にしないで、音大狙っちゃえば?」
静香の状況を知っている衛藤は、肩を竦めながら一つ年上の姉的存在を見る。
「…私にはそんな勇気と度胸はないよ。」
「勿体ないね、その腕を持ってるのに。」
「そんなことないでしょう?」
「いやいや、『メランコリック・クイーン』様が何を言われてるんだか。」
「ふふっ。久しぶりにそれ聞いた。」
吹き出しながら口を押さえて笑う静香に、衛藤も屈託のない笑顔を向けた。
世界に飛び出しているためか年齢以上の言動をする衛藤だが、心を許した相手にはこうして年相応の態度を見せるのだ。
「新入生歓迎会で静香さんのピアノ聴いて、驚いた。あんなに深い音を出せるようになっていたなんてね。」
「桐也くんの耳に適った?」
「弾き出した途端に講堂が静香さんの世界に染まって気持ち良かった。上手になったな。」
「うわっ、上から目線。」
「音楽に関してはもう俺の方が上だよ。あ、あと身長も。いつまでも子供扱いするなって。」
「いつの間に抜かされちゃったね。」
「小さい頃は一緒に演奏会に出ていたのに、暁彦さんが静香さんに制限を出しちゃうから。静香さんがあのまま第一線で続けてたら、今どうなってるか分からないけど。」
「…私が社会に出た時のことを考えてくれているんだって。」
「なにそれ?静香さんなら、音楽で充分生きていけるのに。暁彦さんもヒドイよな。」
「ありがとう、もういいから。」
「…今度の文化祭の伴奏者は学年を超えていいって言われて、すぐに静香さんを捕まえて正解だったよ。普段から学年関係なしでいいってことにしてくれないかな。」
「それは無理でしょ。それに、私も自分のレッスンがあるし。」
「ちぇっ。ああ、そうだ。練習が終わったら暁彦さんのところに邪魔しに行こうよ。それで、夕飯を奢ってもらう。もちろん、それなりのレストランでね。」
「桐也くんってば、ホント恐いもの知らず。」
「たまには暁彦さんの思い通りにならないことがあったっていいんだよ。ほら、練習しよう。」
そう言ってヴァイオリンを構えた衛藤に、静香も楽譜に目を移す。
2人でああだこうだ言いながら曲を練り上げていく姿は、仲の良さがうかがい知れた。
2016.01.18. UP
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夢幻泡沫