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con amore

24



思わず後をつけてしまった土浦は、拳を握りしめる。
練習室のドアはしっかりと閉まっているので、中でどんな会話がされているのかは分からない。
けれど静香の柔らかい笑み、相手男子の楽しそうな表情。
あれは、衛藤桐也…と言ったか。
入学してすぐに全校に自分の名前を覚えさせた実力者。
月森がいたらきっと互いに気になる存在になっていただろう。

そいつがいつ静香と知り合った?
なぜ静香は衛藤と一緒にいる?
どうしてそんなに近づいている?

一つの楽譜を一緒に見て近い距離で互いの顔を見つめあっている2人に、土浦の胸の内を黒い靄が覆う。
すぐにでも練習室の中に入っていきたい衝動に駆られたが、なんとか踏みとどまる。
ガンと乱暴に壁を蹴ると、土浦は足音を荒げながらその場を去った。



「やあやあ、土浦梁太郎。どうしたの?こんなところで。」
「…天羽か。俺は今、機嫌が悪いんだよ。」
「だろうね。顔が怖いよ。」
「ほっとけ。」

カメラ片手に笑顔を振りまいてやってきた報道部の天羽菜美を一蹴すると、土浦は方向転換して人気のない方へ行こうとする。
それを待った!と取り押さえて、天羽はメモ帳と取り出した。

「ちょっと!人の顔を見て逃げようとするなんてひどくない?」
「別に逃げるわけじゃねえ。取材なら断る。」
「いいでしょ、少しぐらい。文化祭に向けての意気込みを聞かせてよ。ねえ、人気投票No.1の土浦君。」
「うるせえ。」
「なによ!音楽科に転科してなかなか会えないんだし、元普通科のよしみで教えてくれたっていいじゃん!」
「今、そんな気分じゃないんだ。悪いが、他を当たってくれ。」
「あっそう。なら、次は必ず受けてもらうからね。…そうだ、土浦君。彼女は時間あるかな?」
「彼女?」
「アンタの彼女よ、吉隠さん。あの子も一度じっくりと取材してみたいのよね〜。」

んふふ、と嫌な予感しかしない笑いで天羽は土浦をチラリと見る。

「もともと実力は持ってるって評判だし、人気だってかなりあるから取材対象としてはもってこいなわけ。その上、今回の文化祭も出るわけだし。」
「は!?」
「だからー!残念ながらソロとしては出ないけど、伴奏するんでしょ?しかもあの衛藤桐也の。学年が違うのに衛藤君の伴奏を務めるんだよ?気にならないわけがないじゃん!」
「…アイツ、文化祭に出るのか?」
「え!?知らないの?何も聞いてないの?」
「ああ。」
「ちょっと…アンタ達大丈夫?」
「…」
「…倦怠期?」
「違う!ただ忙しいだけだ!」
「とか言って、忙しさにかまけて彼女ほったらかしにしておくと後で痛い目見るよ?ただでさえ、私達は受験生なんだよ。去年の今頃の、あの勢いはどうしたのさ?」
「…あの時の話を持ち出すな。」

講堂で勢いに任せて告白紛いのことをしたのは、去年の今頃。
学内コンクールメンバーだけでなく、教師の金澤や報道部の天羽までいたところで土浦は静香に『好きだ』と言いかけてしまった。

あれは自分で思い出しても恥ずかしい。
どこの恋愛映画だって言うんだ。

首筋を掻いてそっぽを向いた土浦を、天羽は面白いものを見つけたように見上げた。

「衛藤君情報をあげようか?」
「…いらねえ。」
「ホントは気になるくせにー。」
「なってない。」
「衛藤桐也、15歳。音楽科1年A組。ヴァイオリン専攻の中でも抜きん出た才能を持っていて、彩華系の演奏を得意としている。演奏態度も堂々としていて、どんな舞台でも物怖じしない。親の仕事の都合で5年間渡米した経験あり。その際に出場した海外コンクールでは優勝した……ってところかな。」

スラスラと衛藤の情報を連ねた天羽に、土浦は内心で毒づく。
静香と衛藤がどんな関係かを知りたかったのに…。
欲しい情報は全くなかった。

「…そうかよ。」

じゃあなと苛ついたまま天羽から離れる。

…そうか、衛藤桐也の伴奏として静香は文化祭に出るのか。
ならさっきの光景は、文化祭に向けての練習なんだろうな。
でも、静香と衛藤桐也の接点は何だ?
俺以外のヤツにあんなに柔らかい表情を見せるのは初めて見た。
アイツとは…どういう関係なんだ?

土浦の靄は解消されないまま、文化祭当日を迎えてしまうのだった。


2016.02.08. UP




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夢幻泡沫