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con amore
25
タックを寄せたシンプルな胸元に、編上げのすっきりとした上品な背中。
シフォンとタフタを重ねてギャザーがたっぷり取られた、美しい光沢のAラインロングシルエット。
楽譜を抱えて静香がステージ袖に行けば、窮屈そうに首元を意識している土浦がいた。
「土浦先輩。」
「あ…ああ、静香か。」
嬉しそうに近づく静香とは逆に、声を掛けられた土浦は眉を寄せながら返事した。
「なんか久しぶりですね。」
「そうだな…。俺も忙しかったが、お前も忙しそうだったからな。」
「私、ですか?」
「ああ、衛藤桐也の伴奏をするんだろ?」
「あ、はい。」
「何で言ってくれなかったんだ?」
「…なかなか会えなかったので、言う機会がなかったんです。」
「アイツとは毎日会ってたのに?」
「あいつ…?」
「衛藤桐也だ。」
「…桐也くんとは今日のために練習していただけで…」
「桐也くん、か。」
「え?」
「名前で呼ぶとは…随分と仲がいいんだな。」
「名前って言われても…だって、桐也くんとは…」
困惑を見せた静香に腹が立つ。
「…悪いが演奏に集中したい。じゃあな。」
「あっ、先ぱ…」
ぶっきらぼうにそう言うと、何か言おうとした静香から土浦は離れた。
「なに、あれ?」
面食らってぽかんと立ちつくしている静香に、呆れたような声が聞こえてきた。
「…桐也くん。」
「今の、3年ピアノ専攻の土浦梁太郎さんでしょ?静香さんの彼氏って聞いてるんだけど、ケンカでもしてるの?」
「ううん。して、ない…と思う。」
「じゃあどうしたの?」
「分からない…けど、機嫌が悪かったのかもしれないわ。」
「大丈夫、静香さん?」
「え?あ、うん。大丈夫、ちゃんと気持ちは切り替えるから安心して。」
「まあ、静香さんが大丈夫って言うなら平気かな。それにしても梁太郎さん、演奏前に俺の伴奏者に何してくれてるんだか。いいの?あんなのが彼氏で。俺にしとけば?」
衛藤の突拍子もない発言に、静香は目を大きくして驚いたがすぐにケラケラと笑い出す。
「なに言っているのよ。」
「そうそう。静香さんはそうやって楽しそうに笑っているのが似合うよ。演奏の時の表情もカワイイけど、俺は笑っている静香さんが好き。」
「ふふっ。ありがとう、桐也くん。」
「あとちょっとで出番だね。俺、外の空気を吸ってくる。静香さんはどうする?」
「私はここにいる。他の人の演奏、聴いていたいの。」
「俺の演奏が一番だけど。出番までに戻ってくるから。」
「うん、分かった。」
体をかがめじっと静香の目を見て様子を窺うと、彼女は大丈夫よと目で返してくる。
小さく頷きニッと笑うと、衛藤はステージ袖から出て行った。
「静香ちゃん…」
「あ、笙子ちゃん。」
静香が壁に寄りかかってステージから聴こえてくる音楽に耳を傾けていると、クラリネットを大切に抱えながら冬海が声をかけてきた。
「笙子ちゃん、お疲れ様。綺麗な演奏だったね。」
「あ、ありがとう…。静香ちゃんの、演奏も…楽しみにしているね。」
「私と言うか、桐也くんの演奏だけどね。私は伴奏。」
「それでもっ、それでも…楽しみ、だから。」
「ありがとう。」
恥ずかしそうにしている姿は相変わらずだが、冬海はステージの上でもあがることなく自分の演奏ができるようになっていた。
彼女にとって去年は学内コンクールや文化祭など、今年も新入生歓迎会やオーケストラ部の定期演奏会でソロパートなど、いろいろなところで演奏を披露する機会があった。
それが自信となり、度胸もついたのだろう。
今さっき演奏した曲は、彼女の清廉さはそのままに軽やかな音色が講堂を舞っていた。
「…ひとつ、聞いても…いい?」
「うん、なに?」
「静香ちゃんと、その…衛藤くん、って…その、どういう…」
「え?桐也くん?」
「あ、あのっ…その、静香ちゃんは…土浦先輩とお付き合い、しているんだよね。そしたら、衛藤くんとは…」
「桐也くんはね、親戚だよ。」
「え?あ、そ…そうなんだ。」
よかった、とホッとしたように冬海が顔を綻ばす。
「その…余計なお世話かと、思ったんだけど…静香ちゃん、このごろ衛藤くんとばっかり…一緒にいるような気がして…。私、静香ちゃんと土浦先輩は…とてもお似合いだと、思うの。それに…土浦先輩、さっき…その、怒っていたから…」
「…ありがとう、心配してくれて。」
「ううん…静香ちゃんは、私の大事なお友達だから。」
「…ありがとう。」
嬉しそうにニコリと笑った静香に、冬海も照れたように微笑む。
「静香さん、出番。」
待機場所に帰ってきた衛藤に声をかけられた静香は、冬海の手を握ってから衛藤のそばに歩み寄った。
2016.02.15. UP
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夢幻泡沫