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con amore

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「す、げー…」

華やかな音に近くにいた出演者達からため息が漏れる。
彼らだって人気投票で選ばれた凄腕の集まりであるはずなのに、一様に衛藤の演奏に気圧されてしまっていた。
派手で情熱的な舞曲調が会場に響く。
1年にしてこのパフォーマンス。
洗練された音の粒と確かな技巧に、海外留学しているライバルを思い出す。
土浦は眉を寄せながらステージ中央にいる衛藤を睨みつけていた。

「てか…吉隠さんと衛藤って、意外だけどいい組み合わせだな。得意とする表現や音が全然違うのに、息もぴったり。」
「そうだね。彼女の物憂げな表現と衛藤君の華々しい音が、すごくマッチしている。衛藤君が吉隠さんに声をかけたんだって。」
「へえ、上級生に声をかけるなんて衛藤らしいな。でもさ、吉隠の音…今日のは随分と鮮麗じゃないか?」
「まるで衛藤君に引き出されたみたい。新しい彼女を見た、ってかんじ。」
「『メランコリック・クイーン』の新たな一面か。…ありだよな、ああいう吉隠も。」
「うん、楽しそうだもん。あの2人の演奏、違う曲でも聴いてみたい。」

横にいるのは静香の同級生達なのだろう。
聞こえてくる会話がやけに癇に障る。

…確かにこいつらの言う通りだ。
切なさは残っているものの、静香がこんなに華やかに弾けるなんて意外だった。
それがこの曲によく合っていて、ヴァイオリンの音を一層華麗に仕立て上げている。
端正で優雅な古典的側面と表出的なロマン的側面が程良く混在していて、なだらかで優美な旋律が客席を魅了しているじゃないか。
正直、悔しいな。
1年でこんな演奏をされるのも、静香にこんな音を出させるのも。
俺だけがあいつの音を変えてやれると思ってたのに…。
静香を理解してこの曲を選んだとしたら、憎たらしささえ感じる。
でも…どこかで納得している部分もあるんだ。
静香は本当にピアノが好きで、ピアノを弾ければそれでいいと思っている。
あいつの音が苦しく聴こえるのは、音楽を続けられないっていう苦しみが静香本来の音を隠してしまっているからだ。
少しずつあいつの音が変わってきたのが分かってきて、静香本来の音が明るく水晶のように澄んでいるんだってのも分かってきた。
だから今日みたいな演奏をするのも何となく分かる。
だけど、何で衛藤が相手なんだ!?
何で衛藤が静香のことを分かってるんだ!?

ヴァイオリンの非常に高音なフレーズや重奏の妙に思わず目を瞠りながら、土浦は静香が自分の手からすり抜けてしまったように感じた。



ステージで演奏している土浦の背中は大きい。

「わぁ…冴えてる…」

静香が零した言葉が表しているように、土浦の演奏はどこかキレていた。
ヴァイオリンの鬼才と評されたパガニーニのカプリースを、ピアノの魔術師と評されたリストが編曲した大練習曲。
アルペジオやオクターブ、トリルなどの技巧を常に散りばめて主題が変奏されていく。
大きい手を持つ土浦でさえ困難な曲であるはずなのに、テンポが遅れるどころか余裕さえ感じられた。
衛藤にも負けない華やかな音の波。

「梁太郎さん、やるねえ。」

嬉しそうににんまりと笑いながら、衛藤は挑戦的にステージを見る。

「土浦先輩、すごい…。」
「さすが、普通科から引き抜かれただけあるね。ダイナミックで繊細で、迫力のある演奏だ。」
「引き抜かれた…と言うよりも、音楽科の先生方から声を掛けられたらしいんだけど。」
「どっちも同じ意味だよ。こんなに弾ける人が普通科にいる方がおかしいや。」
「好きな曲がどんどん増えていくわ。」
「なに?静香さんもこの曲弾きたいの?」
「とんでもない!この曲は土浦先輩の演奏で聴きたいなあって思ったの。弾きたいとも思うけど…しばらくは聴くだけでいいかな。」
「俺は弾きたいけどね。負けないよ、梁太郎さんにも。」

そう言ってヴァイオリンケースを抱えた衛藤に、静香は首を傾げる。

「最後まで聴いていかないの?」
「…練習室でカプリース弾いてる。」
「ふふっ。」
「…なに?」
「ううん、何でもない。桐也くんらしいと思って。」
「ちぇっ、子供扱いすんなって。」

口を尖らせ静香の頬を軽く抓った衛藤が袖から出ていく。
クスリと笑いながらそれを見送った静香は、再びステージに意識を向けた。
最後のコーダに入った演奏は、アルペジオと重音を左右両手で同時に組み合わせて圧倒的なクライマックスを形成している。

「本当にすごい…」

低音の厚みと高音の輝きが交互に襲いかかってきて、胸がドキドキと高鳴る。
壮麗だけれども、憂いを帯びた音。
取りこまれてしまいそうになる。
いや…もう虜となってしまっている。
クレッシェンドから和音の力強い終幕に、静香はほう…と溜めこんだ息を吐き出た。
ステージ中央でお辞儀をしている土浦から見えない場所で拍手を送る。
けれど戻ってきた土浦は、まだ拍手をしている静香とすれ違うようにして同学年の出演者のところへ行ってしまった。


2016.02.22. UP




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夢幻泡沫