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con amore

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「…あ。」
「何…?」
「いや…」
「…どうしたの?」

何かに気づいたように声をあげた衛藤が、また眉を寄せた。

「…すっげえ睨まれてる。」
「え?」
「梁太郎さん。俺達のこと、恐い目で見てる。」

ほらあそこ、と衛藤は踊ることを止めずに視線だけで静香に示す。
彼の視線を追っていけば、なるほど入り口付近に肩を揺らした土浦が確かに睨みつけていた。

「…ごめんなさい、土浦先輩のところに行きたいわ。」
「行けば?俺ももう帰るから。」
「ありがとう、桐也くん。」

疲れたような表情の桐也に礼を言うと、静香はパッと彼の手から離れた。
そして小走りで土浦の方へ向かう。

「…土浦先輩…」
「話がある。」
「私も、話したいことが…」
「…ああ。静かなところへ行こうぜ。」
「はい。」

後夜祭の会場から少しでも早く離れたいような素振りで歩き出した静香の後ろから、土浦も歩き出す。
しかし、後夜祭の会場を振りかえり衛藤を見定めた。
聞こえるわけでもないのに言葉にせずにはいられない。

「譲らねえぞ…絶対に、譲れない。」
「…土浦先輩?何か言いましたか?」
「いや…行こうぜ。」

最後にもう一睨みして、土浦は先導するように静香の前に出た。



結局、2人は練習室に入った。
今日は文化祭だから練習に来る生徒はほとんどいない。
予約など取っていなかったが、棟自体ががら空きだから問題ないだろう。
土浦は重い扉を閉めるとはあ…吐息を吐き出した。
「…衛藤桐也のこと…悪い、勘違いしていた。」
「…勘違い…ですか?」
「ああ。その、だな…新しい男だと思った。浮気、されたのかと。」
「そんなっ!桐也くんは親戚です!」
「そうらしいな。天羽と冬海から聞いた。」
「…」
「悪かった。早とちりして嫌な態度も取った。…許してくれないか?」

正直に告白をしてきた土浦に、静香の体から力が抜ける。

「…よかった…嫌われたのかと、思いました…」
「…」
「桐也くんのことを話そうとしても、避けられてしまったし…」
「…悪かった。」
「勘違いならいいです。嫌われたわけでは…ないんですよね?」
「違うっ、静香が好きだ。嫌うわけない!」
「…それならもういいです。」

へにゃりとした笑みを浮かべた静香に、土浦の罪悪感が増す。
だが、どうしても聞きたいことがあった。

「…なぜ、あいつのことを名前で呼ぶんだ?」
「あいつって…桐也くんですか?」
「そうだ。そんな呼び方をするから、俺も勘違いをして…いや、悪いのは俺だが。」
「桐也くんは親戚で、小さい頃からよく会っていて、一緒に演奏したことも何度もあるし、発表会やコンクールでは伴奏をしていたし…気が付いたら桐也くんって呼んでいたので、なぜと聞かれても…」
「…そうか。」
「ごめんなさい…もうクセになっていて…」
「分かった、謝ることじゃない。」
「でも、先輩…まだ怒って…」

眉間に皺が寄ったままの土浦に、静香が困った表情を浮かべる。

「怒る、と言うか…」
「…言うか?」
「…」
「土浦先輩?」
「…怒ってねえっ!気にくわないだけだ!!」
「え?」
「何であいつは名前呼びなのに、俺は未だに名字に先輩付で…」
「っ…」
「…いや、無理強いするつもりはないんだが。クソっ…格好つかないな、これじゃ…」

顔を赤くして顔を背けた自分の恋人を、静香は驚いたように見つめる。
大きくなった目はやがて細まると、彼女の口からは堪え切れない笑いが零れてきた。

「…土浦先輩、カワイイ。」
「おまっ!言うに事欠いて『カワイイ』って!?」
「かわいいです、先輩。」
「嬉しくねえ…」

半眼になって睨みつけても、顔はまだ染まったままなのだから怖くも何ともない。
静香はクスクスと笑いを零したまま土浦の手元を見た。
不似合いなそれが妙に可愛らしさを演出しているように思える。

「それ、可愛いコサージュですね。」
「ん?ああ、これな。冬海がお前に作ったんだとよ。」
「へえ、笙子ちゃんのお手製なんですか?」
「さっき渡すように頼まれたんだ。…受け取ってくれるか?俺が用意したもんじゃなくて悪いが…小さくワルツも聴こえてくるだろう?ここなら誰にも見られずにすむしな。一曲どうだ?」
「ありがとうございます。」

じゃあコサージュを付けるな、と土浦の手が静香の胸に伸びる。
その動作にドキドキしているのは静香だけだろうか?
若干てこずりながらも、土浦はコサージュを付け終わると大きな手を差し出した。
はにかむような、けれど久しぶりに見た満面の笑みだった。
遠くから聴こえてくるワルツに体が動き出す。
誰にも邪魔されない2人だけの時間。
心を寄せている人にリードされ踊るワルツは、ただ楽しいだけではなかった。
支えになるように重ねられた手が頼もしい。
腰に回るしっかりとした腕に心臓が高鳴る。
幅のある肩に置いた手に力が入ってしまう。
すぐ近くで見つめ合うような形になって恥ずかしい。
嬉しいけれど、鼓動がうるさい。
だが…とても幸せな時間だった。


2016.03.14. UP




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夢幻泡沫