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con amore

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「学院で先輩の演奏を聴くのも、これが最後なんですね。」

寂し気に微笑む静香の横で、土浦は苦笑する。

「確かにそうだが…俺はいつだって静香のために弾くぜ。お前が望むならいつでも、どこでも、望む曲を弾いてやる。」
「ふふっ、贅沢ですね。」

星奏学院では、最終試験で優秀な成績を修めた生徒を集めて卒業公演をする。
今年のメンバーの筆頭は土浦と月森だった。
海外留学していた月森は向こうの音大に進学することとなった。
土浦は付属大学に進学を決めた。
制服をしっかりと着て出番を待っている土浦の姿は、晴れがましくどこか誇らし気でもある。

「…そろそろ客席に戻ります。先輩の演奏、楽しみにしていますね。」
「それなら、俺も移動するか。お前がリクエストした曲だ、絶対に聴けよ?」
「はい。」

互いに口元に弧を描いて控え室から出ると、廊下を歩いてきた月森と目が合う。

「月森先輩、こんにちは。演奏、楽しみにしています。」
「…ああ。」
「土浦先輩、私はこれで。月森先輩も、失礼します。」

静香はペコリと頭を下げると、その場を離れた。
小さくなっていく彼女の後ろ姿を優しく見つめる土浦に、月森は何となく付き合う形となった。
「…彼女は吉隠さんだったな。」
「ああ。…それが何だよ?」
「なにも。まだ付き合っていたのかと思っただけだ。」
「悪いかよ。」
「彼女の音は深くて魅入られるような音だった。学内コンクールに出なかったのが不思議なくらい、彼女には彼女の世界があった。だが音を聴いていないから何とも言えないが、彼女自身の印象が少し変わったようだ…いい意味で。きみのおかげなのだろうか?」
「…何だよ。一体なにが言いたい。」
「以前の俺はそういったものを否定していたが、今は…100%否定するわけではない…と、思っただけだ。」
「…」
「感情論は好きではないが、きみや火原先輩…それに吉隠さんもだろうか。情動的な演奏をするタイプが聴衆に好まれるのも、また事実だからな。」
「…月森、お前…」
「なんだ?」
「…いや、何でもない。負けないぜ、今日も。」
「これはコンクールではないだろう?」

はあ、と溜息をついて歩き出した月森の顔はどこか楽しそうだ。
土浦もニッと笑うと少し離れてステージ袖に向かった。


2016.03.21. UP




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夢幻泡沫