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con amore
31
聞こえてくる鐘の音。
切なくて、激しくて、苦しくて…とても優しい音。
静香は土浦の最終演奏に『ラ・カンパネッラ』をリクエストした。
去年の学内コンクールの最終セレクションで聴いた、大胆なのに繊細な音色。
泣きたくなるような胸が締め付けられるような音色。
世の中にこの難曲を弾くピアノ奏者は数多くいるが、静香は彼の演奏が一番だと確信している。
この学院での彼が弾く最後の曲はこれがいいとずっと思っていた。
色鮮やかに胸に刻んでおきたかったのだ。
ステージにいる土浦は、真っ直ぐにピアノを見つめている。
その真剣な目がとても眩しかった。
ピアノと土浦。
初めのうちはその組み合わせが考えられないと思っていたことが、今では信じられない。
それぐらい相思相愛な関係だと思う。
土浦が弾き込むほど、ピアノはそれに応える。
どんな音が欲しいか。
どんな曲奏で弾きたいのか。
どんな思いを伝えたいのか。
瞳を潤ませるのが勿体ないくらい、ステージの土浦に惹かれた。
…やっぱり、私は土浦先輩の音が好き。
静香は身動ぎをせずにじっと恋人の演奏を目に焼き付けた。
この曲をリクエストされた時は、『ああ、やっぱりな』と思った。
静香はこの曲が好きだ。
普段は全然頼みもしないのに、ことあるごとに学内コンクールの最終セレの話をする。
どれだけ心が奪われたか。
どれだけ泣きそうになったか。
どれだけ羨ましいと思ったか。
聞かされる身としてはこっ恥ずかしいし、勘弁してくれとも思うが、悪い気分にはなれない。
むしろ、どれだけ想われているかが分かって嬉しくなる。
演奏を終えて講堂を出た土浦を、静香は感極まったような表情で待っていた。
「…ありがとうございます。」
淡く微笑んで静香がそっと近寄る。
「いや、お前が望む演奏ができていたのなら俺も満足だ。」
「望んでいた以上です。土浦先輩の音、美しくて、激しくて、切なくて…とても優しかったです。」
「サンキュ。」
「『ラ・カンパネッラ』は、先輩以外の演奏では…聴けない…」
「…」
「…本当に好きです…土浦先輩の、ピアノ…」
泣きそうに微笑む静香に土浦はギョッとした。
見上げてきた彼女の口から聞こえてきたのは、自分を褒める甘い言葉で…。
「…ちょっとこっちに来い。」
怒ったような顔をして土浦は静香の腕を取ると、人目のない講堂の裏へ引っ張っていった。
「お前、あんなところでっ!…恥ずかしいだろ…」
振り返った土浦の顔は赤く染まっている。
キョロキョロと忙しなく視線を動かすのは、静香と目を合わせられないからだろうか。
「でも…本当に、好きだから…」
「だからっ!…これ以上言うな。」
責めるように強い言葉で静香を遮ると、土浦はぐいと彼女の顎を持ち上げた。
無遠慮に顔を近づけ、噛みつくように唇を奪う。
「…あんま可愛いことばっか言ってると、食っちまうぞ。」
「っ、はぁ…ん…」
「ほら…口…開けろよ。」
「…んぅ、ふあ…っ…」
後頭部を固定させ柔らかい唇を舐めれば、堪え切れないようにうっすらと隙間ができる。
そこに舌をねじ込み、口内を好きなように貪った。
歯列の裏をなぞり、上顎の裏をねぶり、絡まった自分より小さな舌を味わう。
小さく震える身体を支えるように土浦が腰に腕を回すと、静香はしがみつくように彼の首に腕を回した。
「…好き、です…土浦先輩。」
「…ピアノが?」
「ちがっ…土浦先輩が、好き…」
自然と零れてきた言葉に静香の目が潤む。
気持ちが伝わってほしいと首に回した腕に力を込めれば、それ以上の力で抱きしめられた。
「…ご卒業、おめでとうございます。」
「…ああ、サンキュ。」
首筋にかかる息が熱い。
腰と背中に回された手が熱い。
密着する体が熱い。
少しだけ涙声で祝福すると、ポンポンと優しく返された。
…静香と音楽が離れるまで、あと1年。
2016.03.28. UP
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夢幻泡沫