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con amore

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土浦が音楽について勉強を始めたのは、オーケストレーションに興味を持ったからだ。
2年の時の学内コンクールで様々な楽器の音色を聴いて、組み合わさるとどんな世界が広がるのだろうと鳥肌が立った。
作り上げてみたい、そんな世界を。
自分のこの手で。
それにはまず基礎から徹底的に頭に叩き込まなくてはいけない。
だから高校3年の時に音楽科に転科した。
大学へ通ってもその思いは褪せることはなかった。
そんな時、吉羅から頼もしい先輩を紹介してもらった。
都築茉莉。
星奏学院付属大学の指揮専攻を卒業し、現在は若手オーケストラで指揮を振っている。
彼女から習うことは多く、毎日会っていても足りないぐらいだ。
土浦は夢中になっていた。



高校と大学に別れてからは頻繁にメールでやり取りをして、静香と土浦はできるだけまめに会うようにしていた。
それは大体が土浦からで、たまに静香から誘えばとても嬉しそうに土浦は待ち合わせ場所で待っていた。
それが、土浦からのメールがこの頃ぐんと減っていた。
静香から誘ってみても、今日は時間が取れないと断りのメールが返ってくるばかりだった。
零れた溜息に気分が沈む。

「なに、静香さん。どうしたの?」
「…桐也くん、何でもない。」
「何でもないって雰囲気じゃないけど。」
「…何でもないよ。ごめんね、練習を中断しちゃって。どこからだっけ?」
「今日はもう終わりにしよう。気分が乗らない時に練習したって、いい結果なんか出やしないぜ。帰りに公園に寄ってホットドッグでも食べよう?」
「…ありがとう。」

そうと決めたら手早く片付け始める衛藤に悪く思いながら、静香はまた一つ小さな溜息をついて片付けを始めた。



「今年の曲は静香さんの得意な分野にして正解だったな。」
「どうして?」
「『メランコリック・クイーン』の本領発揮だって言ってんの。静香さん、気づいてる?静香さんの最近の音、また深くなってきてるよ。」
「…え?」
「切なくて苦しくて、愁情の深みが増した。」
「そう、なの?」
「しかも、音に艶が出てるし。」
「艶?」
「セクシーっていったほうがいい?色気を感じる、女の色気。静香さんの伴奏でヴァイオリンを弾いているとゾクゾクするよ。」
「せ、セクシーっ!?」
「梁太郎さんと会ってないから、内から滲み出てくんのかもな。静香さん、口には出してないけど…会いたいだろ?」
「…土浦先輩、忙しそうだから。」
「静香さんってもっと爛漫じゃなかった?そんな理解のある彼女のフリしてて疲れない?会いたいなら『会いたい』って言えばいいのに。」
「…そうかもね。でも文化祭の練習があって、私だって忙しいのも事実だし。」

苦笑しながら歩く静香の横でホットドッグを頬張りながら、衛藤は呆れたように肩を竦める。

「…ま、とにかく。文化祭までもう少しだし、だいぶ出来あがってきたから練習時間もうちょっと減らしても平気だと思うけど?」
「…桐也くんと演奏できるのもきっとこれが最後だから。今は文化祭に集中したいな。」
「だから、静香さんも暁彦さんの言うことなんか気にしなければいいんだって。今から音大狙ったって、静香さんなら充分間に合うでしょ。」
「どうかな…でも、志望校はもう決めたから。文化祭が終わったら、受験勉強の方に比重を傾けなきゃね。…だから、文化祭は頑張るの。」
「じゃあ俺も静香さんに負けないように練習を頑張るかな。」

空になった袋をぐしゃりと握りつぶすと、衛藤は静香の肩に手を回す。

「家まで送る。」
「…夕飯をねだる気?」
「バレた?そのまま静香さんのとこで少し合わせようぜ。」
「ふふっ、お母さんに電話する。」
「ハンバーガー作ってくれないかな?」

ニッと笑って衛藤は静香の体を押し出す。
夕飯にハンバーガーはないよ、と笑い返しながら歩く静香は気付いていなかった。
…なぜ衛藤が彼女を歩かせ始めたのか。
静香より背の高い衛藤は、公園の雑踏の中で見つけてしまったのだ。
土浦が楽しそうに笑っている姿を。
その横には落ち着いた感じの女性が並んでいるのを。
2人の視線が自然に絡まっているのを…。


2016.06.20. UP




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夢幻泡沫