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con amore

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「…深い音…」
「…そうですね。」
「噂に聞いていた以上だわ。どうしたらこんな音が出せるのかしら?」
「それは、まあ…」
「ヴァイオリンの音色に目が向きがちだけど、伴奏の子…吉隠さんの方がこの曲をよく表現しているわ。あの子の深い音が哀しげな感じや儚い雰囲気を作っていて…ゾクリとするような色気まで感じるわね。」

都築の耳には、ヴァイオリンの凛とした張りのある音が心地よく入っている。
とても暗く哀しげな旋律。
それを包み込むようにして、静かで胸が締め付けられるようなピアノの音が会場の空気を作っていた。
それだけでなく静香と衛藤の音に艶美さが含まれていて、男女の組み合わせだけに艶めかしさが随所に感じられる。

「ピアノの詩人と言われているショパンを、ヴァイオリンでこれだけ表現できるのは素晴らしいわね。さすが、衛藤桐也だけあるわ。でも…それにしても、吉隠さんのピアノはショパンによく合っている。こんなに苦しくて艶やかな音だとは思わなかったのが、正直な感想よ。」
「静香…」
「…『メランコリック・クイーン』…女王様、ね。ピッタリなあだ名だわ。私も学院時代はピアノ専攻だったから…悔しいわね、認めたくないけれど。」

眉を顰めて苦々しげに言う都築に、土浦は曖昧に笑った。
とても暗く哀しげな雰囲気かと思いきや、曲想が少し軽やかで華やかになる。
再びとても暗く哀し気な雰囲気に戻り、最後は空高く昇天していくように音が消え入る。
絶望の淵から葛藤を繰り返して希望を見出すまでの変化が、しっとりと叙情的なメロディで描かれていた。
切ないけれども、ロマンティックな演奏。
聴衆が陶然と聴き入ってしまうのもよく分かる。
しかし、土浦は演奏を聴きながらも不安を隠せなかった。
衛藤の表現の幅にも目を瞠るが、それを支える静香の音の変化がひっかかる。
初めて耳にした時のようなのだ。
静かで、深くて、哀調を帯びていて、壊れそうで、消えそうな…脆い音。
自分が引き出した、明るく水晶のように澄んだあの音色は鳴りを潜めてしまっていた。

なぜ、戻ってしまったんだ?
何か辛いことでもあるのか?
それなのにゾクリとする色気も感じるわけで…。

土浦はステージに駆け寄りたい気持ちを押さえるのに苦労した。



盛大な拍手の中で、満足いく演奏ができた静香は衛藤と顔を見合わす。
互いに明るい笑みを交わし合い、もう一度客席を見た。
見渡すように動いていた視線がハッと止まる。
途端に笑顔が消え、表情が強張った。
けれどすぐに何事もなかったように拍手に応えると、衛藤に続いてステージ袖に戻る。
そこでも他の出演者から賞賛を受けたが、静香の顔は晴れなかった。


2016.06.27. UP




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夢幻泡沫