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con amore
34
「どうしたの、静香さん?顔が怖い。」
「…別に。」
「別にって顔じゃない。なんか不満でもある?」
「ううん、とっても満足できる演奏だった。」
「じゃあ何で怒ってんだよ。」
満足だと言いながらも顰め面をした静香に、衛藤はムッとしながら聞く。
「…桐也くんが悪いわけじゃないから。」
「なら、そんな態度とんなよ。そんな顔してたら俺が悪いみたいだろ。一体なんだってんだよ、静香さん?」
「…ごめんね、客席に土浦先輩が見えたから。」
「梁太郎さん?」
「そう。」
「静香さんの演奏を聴きに来たんでしょ。」
「隣に女の人が座っていた。」
「そんなの別に他人だろ?」
「…拍手しながら話していても?ステージから客席って、案外はっきり見えるのよね。」
「…」
「紹介されたことあるの。あの人…都築さんよ。」
「ああ、なんだ。確か、指揮科の先輩だっけ?だったら、一緒に演奏を聴きに来ただけだろ。」
「そんな話、聞いてないもん。」
ブスリとした表情で顔を背ける静香に、衛藤は呆れたように溜息をついた。
「理解あるフリしてるからそういうことになるんだろ。」
「…」
「今日はもう帰る?」
「…それよりも、桐也くんの演奏を聴かせて?思いっきり華やかなのがいいな。」
「あっ、そう。じゃあ練習室に行こうぜ。」
少し強めに静香の背中を叩くと、ヴァイオリンをケースにしまって衛藤が立ち上がる。
痛いと衛藤を非難した静香に、ようやく笑顔が見られた。
講堂の重い扉を開けて外に出ると、そこには土浦が立っていた。
静香と衛藤の演奏が終わってから席を離れ、ずっと待っていたのだ。
「静香。」
「…こんにちは、土浦先輩。」
「ああ。ショパン、いい演奏だった。」
「…ありがとうございます。」
「なかなか会えなくて悪かった。この後の予定はあるか?なかったら一緒に…」
「すみません、予定があって…。桐也くん、行こう?」
土浦の言葉を遮るように被せて言うと、彼の顔を見ずに静香は衛藤を促した。
「静香さんは先に行ってて。俺、梁太郎さんと少し話したいことがあるから。」
「…分かった。適当に待っているね。」
「了ー解。」
振り返りもせずに講堂から離れていった静香を見送ると、衛藤は戸惑っている土浦に話しかけた。
「どうも、梁太郎さん。久し振りです。」
「あ、ああ。」
「静香さん、機嫌悪いでしょ?」
「だな。何かあったのか?」
「何かって。きょう梁太郎さんが来ること、静香さん知っていたんですか?」
「あー…いや。そう言えば言ってなかったかもな。」
「驚かそうとでもしてたわけ?」
「いや、そうじゃない。言うタイミングを逃しただけだ。」
「…アンタ、最悪だね。黙って来て、その上に他の女と一緒だなんて。」
「は…?」
「静香さんが機嫌悪いの、梁太郎さんのせいだから。」
「…どういうことだ?」
「静香さん、自分が演奏した後にアンタが都築さんとやらと話してるとこをステージから見てたよ。ステージから観客が見えることぐらい、アンタだって知ってるでしょ。」
「お前らの演奏がよかったって話してたんだよ。」
「梁太郎さんに他意がなくても、静香さんから見たらどうなんだろうね?忙しさを理由に彼氏と会えなくて、その忙しさは勉強とは言え自分じゃない女と会っていたからで、久し振りに顔を見れたと思ったら自分と彼氏を邪魔している女と一緒にいたとか…ホント、最悪。」
「は!?都築さんは単なる先輩だ!そんな風に見たことなんて一度もねえっ!!」
「そんなの俺に言われても知らないよ。せっかくいい演奏ができて余韻に浸ってたのに、アンタのせいでぶち壊し。勘弁してよね。」
「…」
「今日は俺、静香さんと一緒に過ごすから。邪魔しないでくださいよ。」
それじゃ、と呆然と立つ土浦を残して衛藤は去っていった。
2016.07.04. UP
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夢幻泡沫