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con amore
36
静香はその間、口を挟まなかった。
淡く笑い、小さく相槌を打つ。
食事をゆっくりと食べ、一息つく頃には土浦は気まずさなど忘れてしまっていた。
「悪い、俺ばっかり喋っちまったな。静香の話は何だったんだ?」
「先輩の話が終わってからでいいですよ。」
「いや、俺はまだ勉強中だからキリがないんだ。俺の話はいいから、静香の話を聞かせてくれ。」
「それなら…しばらくの間、連絡を取るのを控えませんか?」
「は…?」
「土浦先輩、オーケストラのお勉強はまだ終わってないんですよね?私もこれから受験勉強に本腰を入れなきゃいけないので。」
「ちょっと、待て…会わないってことか…?」
「メールも止めましょう?」
にこやかに笑っていた土浦の顔が凍る。
突然の衝撃に頭が回らなかった。
静香は…今、何と言った?
会わない…メールもしない!?
それって、まるで…
「…最近の俺を怒ってんのか?それなら悪かった。謝るから…っ!」
「謝らないでください。今は、お互いに勉強に身を入れる時期じゃないですか?特に私は外部受験になりますし。」
「…志望校、決まったのか?」
「はい。」
「聞いてねえぞ?」
「すみません…でも、会うのもメールも碌にできなかったんです。伝えることができませんでした。」
「…」
「両親や暁彦さんに何度も気持ちを伝えたんですが、音大はやっぱり無理でした。星奏学院の関係のところにこれ以上いるとツラいので、内部進学もしません。新しい環境に向けて、これから勉強漬けの毎日です。先輩も頑張ってくださいね。」
「俺は…」
「…楽しかったです。先が思いやられますけど、私も最良の結果が出るように頑張ります。」
それじゃあ、と荷物を持つと静香はテーブルに手をかけて立ち上がった。
その手を土浦は上から押さえる。
「…自然消滅を狙ってんのか?」
「え?」
「このままフェードアウトってか?悪いが、俺は承知するつもりはねえぞ。」
「…土浦先輩はまだまだオーケストラの勉強がしたいのでしょう?私はその邪魔をしたくありません。」
「だが…」
「何のために学院で普通科から音楽科に転科したんですか?何のために音大にまで入ったんですか?」
「それはっ…でも、静香の都合に合わせる。都築さんと会うなっていうなら、もう会わねえ。だから…」
手に力がこもる。
静香の眉が寄せられたことに気づき、ハッとして力は緩めた。
だが、離すことはできなかった。
そのまま静香がいなくなってしまうようで…。
土浦は楔を打つように静香の手を自分の手で覆ったまま、彼女を見上げる。
情けないことに、足腰に力が入らなかった。
「…余所見をしていたら落ちてしまうような気がして恐いんです。今は受験に集中したい…分かってください。」
「だが、手を離したら…お前は行ってしまうんだろ?」
「…勉強がありますから。」
「静香っ!」
「オーケストラの勉強、続けてください。都築さんは知識豊富でしょうから、いっぱい吸収できるといいですね。」
「…俺は…」
「それじゃあ、土浦先輩。失礼します。」
「俺はっ…別れねえからなっ!!」
やんわりと土浦の手をどけて席を立つ。
怒ったように睨みつけてくる土浦にゆっくりと頭を下げると、静香は1人で店を出た。
2016.07.18. UP
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夢幻泡沫