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con amore

09



「よっ、相変わらず泣かせるねえ。」

講堂の音響を確かめに来ていた静香達に遅れること数十分。
全く悪びれせずに金澤が声をかけてきた。
ステージの上ではコンクールメンバーが音合わせをしている。
静香は一人で後ろの席に座って聴いていた。
そこへ隣に座ったのが金澤である。

「…遅いですよ。」
「と言ってもなあ、今回はメンバーの自主性に任せるって吉羅も言ってたしなあ。」
「そんな無責任な…」
「俺に責任なんてもん、求めんなよ。」

苦笑しながら身体を前傾にし、前の席の背もたれに腕を乗せて寄りかかる。
その先にあるステージを静かに見守る金澤の目は優しい。
それがふと静香の方を見た。

「…吉羅一族のお嬢さんか…お前さんを見ていると美夜を思い出すな。」
「え?先生、今…美夜、ちゃん…て?」
「ああ、俺と吉羅は昔から…っつっても、この学院の生徒だった頃からの知り合いなんだ。ま、腐れ縁ってやつだな。だから…吉隠のこと、少し聞いた。」
「…」
「吉羅はお前さんのこと、嫌ってるわけじゃねえぞ?」
「…そんなこと、分かっています。」
「そうか?」
「だって、何だかんだで…暁彦さん、優しいから。厳しいことも言うけど、正論ですし。」
「はは、分かってるじゃないか。確かに俺の取り越し苦労だったな。」
「…」

カラカラと笑う金澤の横で、静香はキュッと唇を噛んだ。

「…美夜ちゃん、この学院を楽しんでいましたか?」
「美夜か?同級だったからな、たくさんの時間を一緒に過ごしたぞ。よく笑って、よく演奏して…誰から見ても楽しんだ学院生活だったんじゃないか?」
「同級生…そっか…美夜ちゃんがもし生きていたら、先生と同い年なんですね。」
「あっ、てめっ!今、俺のことおっさんだとか思ったろ!?」
「思っていないですよ、そんなこと…」

呆れて目を細める静香の頭をポンポンと撫でると、金澤は少しだけ手に力を入れて彼女の頭を押した。
元々力を入れていなかった静香の頭は容易く俯く。

「…音楽は高校まで、だってな。」
「…」

その言葉に金澤の手元がビクリと反応する。
軽く息を吐くと、上から諭すように金澤が穏やかに話し出した。

「あのな、吉隠と美夜は違う。そんなことは吉羅も分かっているさ。」
「…私は美夜ちゃんみたいな音は出せないですからね。」
「それは違うぞ?今の環境じゃなかったら、お前さんだってきっと。もしかしたら美夜よりいいトコまで行くかもな。だから、アイツはお前さんのことを思ってだな…」
「…分かっています。美夜ちゃんは私の憧れだったから…暁彦さんは心配しているのでしょう?」
「別に吉羅の肩を持つわけじゃねえが…そうだな。」
「分かっているから…大丈夫です。音楽は高校まで、これが両親と暁彦さんとの約束だから。」
「でも、吉隠は音楽が愛おしい。…違うか?」
「…」
「お前さんの音を聴いていれば分かる。どんなに切ない音を出していても、根底にあるのはピアノが大好きだという単純明快な音だからな。だから余計に聴こえてくる音が苦しくなるんだ。」
「私だって吉羅の一員です。自分の立場くらいは分かっているつもりですよ。子供じゃあるまいし…」
「いいや、お前さんはまだまだ子供だ。だから…もっと我が儘になったっていいんだぞ?」
「…何ですか、それ。先生はどっちの味方なんですか?」
「ん?さあな〜。吉羅の気持ちも分かるし、お前さんの気持ちも分からんでもない。」
「決まっていることですから。私が音楽と向き合えるのは高校までです。」
「…難儀だよな。」

『分かっている』『決まっている』の言葉を連発する静香に、金澤の口からため息が零れ落ちる。
彼女の頭に乗せたままの手を乱暴に動かせば、そこは少しだけ沈んだ。


2015.10.05. UP




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夢幻泡沫