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いつか一緒に
10
合宿3日目、音羽はハープに向かっていた。
けれどあまり気分が乗らずに、休憩を取ることにした。
「よっ、ヒマそうだな。」
キッチンに行くと、そこにいた金澤が声をかけてくる。
「…休憩です。ヒマってわけでは…」
「休憩、おおいに結構。」
にっこりと笑って彼は音羽の手を取る。
「さっ行くぞ、日柳。」
「え!?まっ…」
行き先など告げずに、金澤は音羽を車に乗せた。
「すみませんねぇ。」
富田が運転をしながらバックミラー越しに音羽を見る。
「取りあえず買い物を済ませて積み込む時にお願いするので、先生方はお土産でも見ていてください。」
「いえっ、そんな。こちらこそお世話になりっぱなしで。…でも先生、買い物の荷物持ちがどうして私達なんですか?」
「冬海と志水が土産を買いたいって言ってたところにお前を見つけてさ。ちょうどいいだろ?どーせだから昼飯でも食ってこようぜ。」
ショッピングモールにつくと、音羽達は土産コーナーに向かう。
「冬海ちゃんが持っているの、かわいいね。」
「はい…母が好きなのでお土産に頼まれて。」
「へぇ〜、私も買って帰ろうかなぁ。志水君はどれにするの?」
「湯呑みです。」
微妙なセレクトに音羽の顔が若干引き攣る。
「その…叔父と叔母のお土産なのですが、どれがいいのか…よく…分からなくて…」
「なるほど。どうせだったらもう少し綺麗な色のものとか、可愛い感じのものはどうかな…?」
商品棚からあれこれとって志水に渡す音羽を、彼はじっと見る。
「そう言えば日柳先輩…」
「ん?」
「今日…『ロンドンデリーの歌』を弾いてましたか…?」
「あー、うん。聞こえちゃった?ひどかったでしょ?」
あまり気乗りがしない状態で弾いていたので、音羽は苦笑いで答える。
「いえ…聴き入ってしまいました。…『ロンドンデリーの歌』といえば…クライスラーですよね。…クライスラーといえば…ウソツキ。」
「詐欺師、音楽史上最も愉快な詐欺師…って表現もあるよね。」
志水に合わせるように、音羽もクライスラーの通り名を挙げた。
「彼は…自分の作品を過去の有名な作曲家の作品として…発表したんです。」
クライスラーについて志水は話を掘り下げ話す。
「まあ…クライスラーの作品として当時発表されていたら、正当に評価されていたかどうかあやしいところだなぁ。無名の音楽家の作品を手放しで誉めるような、頭の柔らかい批評家はいなかったってことだ。」
今もたいして変わらねーか、と金澤は土産物を見ながら言う。
「でも…今、彼の曲がこんなに親しまれているってことは…彼の嘘は結局良かったってことですよね…」
「そうだな。まあ彼の人柄のせいもあったんだろうが…イタズラ好きだか律儀で気のいい人物だったらしい。」
「ヴァイオリニストとしても、作曲家としても…たくさんの人にヴァイオリンを楽しんでもらおうと考えた人だったそうです…」
金澤や志水の言葉に、音羽はリリを思い出す。
そして、自身のことを考えて物思いに耽った。
曲がりなりにもコンクールで受賞したり、リサイタルを開いたりしていた自身が、何も言わずに今回のコンクールに参加していることはウソツキと同じなのではないか…
胸に蟠りが湧いてくる。
このままコンクールに参加していていいのだろうか…?
別荘に戻ると、当初の予定通り荷物持ちをさせられた。
大きな紙袋を抱えて、音羽は前が見えない。
「おーい、日柳。無理すんなよ。」
「はぁい。大丈夫でーす。」
若干手が震えながら前に進んでいると、
「大丈夫じゃないだろ?」
ひょいとその荷物を土浦が持ち上げる。
「きゃあっ。…ビックリした、驚かさないでよ。」
「悪い…」
軽々と荷物を持ちながら土浦は笑って謝る。
「キッチンに運べばいいか?」
「あ、うん。ありがとう。」
彼の隣を歩きながら、音羽は気まずそうに言う。
「土浦君、えっと…昨日はゴメンね。何て言うか…その迷惑をかけて。」
「…別に迷惑じゃないさ。気にすんなよ。」
「と言うか…昨日のことは忘れてほしいんだけど…」
俯きながらごにょごにょ言う音羽に、土浦は優しく目を細めた。
2013.04.29. UP
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夢幻泡沫