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いつか一緒に
09
「…火原先輩、それは?」
一日が終わり、寝ようと部屋に向かっていた音羽は廊下で火原と会った。
両手に食べ物をたくさん抱えているのを指すと、
「日柳ちゃんもおいでよ。」
彼は自身の部屋に誘ってきた。
「…お邪魔します。」
音羽がそろりと入ると、
「何だ、日柳も来たのか。」
土浦が迎えに出た。
「皆で食べたほうがおいしいじゃん。日柳ちゃん、はいコレ。」
「ありがとうございます。」
火原から渡されたイチゴプリンに、音羽は目を輝かす。
ニコニコと食べる二人を見て、
「よく食うな。」
と、土浦は呆れた。
「最初に腹減ったって言ったの土浦じゃん。だからわざわざ台所まで行って、もらってきたのに。」
「…にしても。」
軽く息を吐いて、もう見たくないとでもいうように視線を逸らす。
「あ、お部屋は結局…土浦君と柚木先輩がトレードしたの?」
「ああ、柚木先輩があっさり換わってくれた。」
今朝の一騒動を思い出して音羽が聞く。
「一体なにがあったの?」
「…思い出したくもねぇ!」
げんなりして土浦が答える。
「それより俺はお前のピアノの方が気になるぜ。あそこまで弾けるんだったら、コンクールもピアノで出れば良かったのに。」
「日柳ちゃんのピアノ、凄かったね!」
日中に聴いた音羽のピアノを思い出しながら、火原がうんうんと頷く。
「…おだて過ぎです、二人とも。」
「そんなことねえだろ?てか、ピアノ習ってるのか?」
「うー…」
言いづらそうに音羽は口ごもる。
「習っていたと言うか…知り合いに教えてもらっていたと言うか…」
「今は?」
火原も興味を持ったように聞いてくる。
「好きな時に弾く…程度です。」
「あれでかよ。参ったな…オイ。」
土浦は溜息を吐いた。
「志水君は…練習どれくらいしているの?」
それまで会話に入ってこなかった志水に音羽は聞いてみる。
「僕は…弾きたい時に弾きたいだけ弾きます。時間はよく分かりませんが、気が付いたら朝…だったり。弾いていて…指がうまく動いて綺麗な音が出ると、すごく…嬉しくなります。そういう理想の音をいつも…どんな時も出せるといいなと思うんです。…それには当り前ですけど、練習しかないですよね。」
「それは言えてるな。」
「ちゃんと弓が使えて、音が出せて…それで曲が弾けると思うし。だから楽譜を何度も練習するのは、僕は…いいことだと思うんです。それが…曲を弾くのにとても大切なことだと思うんですよね。」
あまり話したことのない志水から、意外にも真面目な言葉を聞き音羽は軽く驚いた。
「…と、そうだ土浦。ベッドは志水君と相談して決めてくれる?」
「え?俺はソファでいいですよ。」
「いーって、いーって。おれ、もともとそこで寝てたし。遠慮すんなって。」
「いや…俺は別に遠慮なんて。」
「ベッド使えって。」
「先輩こそ。」
ソファに置かれていたクッションを、火原と土浦は奪い合う。
顔を見合わせると、力任せに引っ張り合った。
二人の力に耐えきれなかったクッションが破けてしまう。
体勢を崩した火原は、頭から後ろに倒れそうになった。
「おわっ!」
「火原先輩!」
音羽は思わず両手で火原を引っ張る。
持ち直したと思ったのも束の間、今度は重力に逆らえずにベッドの上に倒れこんでしまった。
「おいっ!大丈夫…か…」
土浦が声を掛けるが、そこ光景に固まってしまう。
ベッドの上では、火原が音羽に覆いかぶさっていた。
お互いの鼻が触れてしまいそうなくらいに近い。
火原も音羽も突然のことに、目を見開いたまま見つめ合っていた。
「いつまで乗っかってるんですか?」
土浦は火原の肩に腕を掛けると、グッと引っ張る。
その声にようやく彼は気付き、瞬時に顔を赤く染める。
「あっ!ごっ、ご…ごめんね、日柳ちゃんっ。だっ…だい大丈夫!?」
「いえ…私が…引っ張っちゃったから…。その…もう遅いし…そろそろ部屋に戻ります。」
口を手で覆い頬を紅潮させ、悩ましげな顔のまま音羽は火原達の部屋を出た。
「土浦ァ…」
情けない声で火原が助けを求める。
「どうしよ〜。おれ…女の子に何て事を…。触れてなかったから、よかったものの〜。」
そこで自身の発言に気付き、座り込んでいたソファの上で一人ジタバタもがき始めた。
「っ!!ふ…ふ、触れたって何を〜!!」
「大丈夫じゃないですか?まあ…二人ともわざとじゃないわけだし。」
そう言って片付けを始める土浦の眉間には、皺が寄っている。
「うん、でも…明日ちゃんと謝ろう。」
火原は覚悟を決めたように言う。
そしてふと思い出したように、
「…それにしてもさ、女の子って…柔らかくて…何だかいい匂いがするよね。」
顔を赤らめ火原はボソッと呟く。
彼の衝撃発言に、土浦は持っていたペットボトルを落とした。
「先輩?」
「いやっ…その何てゆーか、男とは違うってゆーか!」
「そりゃ…違うでしょうが。」
若干引き気味になる土浦に、火原はピンときた。
「もしかして、土浦は女の子と付き合ったりしたことあるの?」
「は?」
「どーなの?」
興味津々なのを隠さずに、火原は土浦の両肩を掴む。
「どーだっていいじゃないですか…そんなこと。」
「あーっ!ごまかすってことはあるんだ!もしかして現在進行形!?えっ、誰?誰?」
「だから、俺のことは…」
「まさか、日柳ちゃん!?」
火原の言葉に、土浦は一瞬黙り込む。
「べ…別に、俺とあいつはそんなんじゃ…」
「なんだ!よかったあ!!」
笑顔で言った後、火原も土浦も目を見開く。
「あ…れ?よかった…って…え?えーっ!?」
火原はかあっと顔を赤くさせ、パニックに陥った。
そんな火原に土浦はイラつきながらも、
「分かりました、火原先輩!もう寝ましょう。ホラッ、火原先輩ベッド行って!俺はソファに寝ますから。」
「お…おう。」
火原をベッドに寝かすと、土浦はドカッとソファに腰をおろして溜息を吐いた。
2013.04.26. UP
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夢幻泡沫