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いつか一緒に

12



「待ってってば!月森君!」

音羽が練習室にあるハープで曲を練っていると、突然廊下から天羽の大きな声が聞こえてきた。
不思議に思って扉を開けると、そこには息を切らした月森が立っている。

「月森くーん!!」

天羽の叫び声にハッとすると、

「失礼する!」

月森は有無を言わさず練習室の中に入る。

「え?ちょっと、どうしたの!?蓮!?」

意味が分からず混乱している音羽の口を彼の手で塞ぐと、扉の陰に隠れた。
天羽がバタバタと通り過ぎると、漸く手を放した。

「すまない…」
「…天羽さんに追いかけられていたの?」
「ああ、一日中な。」
「それは…お疲れ様。」

音羽は苦笑しながら月森を見る。
そこで月森の額に玉のような汗が浮かんでいるのに気がついた。

「蓮、調子が悪いの?」
「いや…大丈夫…だ…」

そう返したものの、月森の身体が床に崩れ落ちていく。

「蓮!?蓮、聞こえる!?」

音羽は慌ててハンカチで彼の汗を拭きながら声をかける。

「私、先生呼んでくるから。ちょっと待っていて。」
「ヤメ…ロ。」

立とうとする音羽の手を月森はぐっと握る。

「いちいち騒ぐ…な。少し休めば…治る…」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょ!?」

彼女はブンブンと手を振って振りほどこうとするが、荒い息の下で月森はギュウ…と握って放さない。

「…分かったわ。」

音羽は仕方なく彼の隣に腰を下ろした。
膝の上で譜読みをしていたが、段々と日が暮れてくる。
月森は少しずつ呼吸が落ち着いてきたようだ。
遠くから聴こえてくる色々な楽器の音に音羽は瞼が重くなっていった。



「ん…」

体が微妙に痛いことで、月森は目が覚めた。

「…」

起こして同時に気付く。
音羽の肩を枕にして眠ってしまっていたことに…
彼女も無防備に寝入っていることに…
視線を下ろすと、月森の手が音羽のそれをしっかりと握っている。
彼は勢いよく離した。
顔を真っ赤に染めながら、何故こうなってしまったのか必死に思いだそうとした。
その時、不意に音羽が小さくくしゃみをする。
月森は自身のジャケットを彼女に羽織らすと、そっと練習室から出て行った。



「…」

音羽が目を覚ますと、隣にいたはずの月森がいなくなっていた。

「…信じられない。声もかけずに帰るなんて。」

立ち上がると肩からパサっと音楽科のジャケットが落ちる。

「蓮の…だよね。」

クスクス笑いながら拾い上げると、音羽は帰り支度をした。

「あれ?日柳ちゃん、今帰り?」

呼ばれる名前に音羽が振り返ると、火原と土浦が並んで歩いていた。

「火原先輩、土浦君。お二人こそ遅いですね。」
「気がついたらこんな時間でさあ。土浦とはそこで会ったんだ。」
「おい…お前、それ音楽科のジャケットだよな。なんでそんなモン持ってんだ?」

土浦が音羽の持っている紙袋の中身を訝しげに見る。

「あー…蓮の忘れもの。」
「えっ、もしかして届けに行くの?」
「はい。」
「お前が…わざわざ?」
「お家を知っているし…ないと明日困るかなぁって思って。」

音羽の言葉に火原と土浦は考えるように空を仰いだ。

「…ついてきてもらっちゃって本当に大丈夫?」

結局3人で月森の家へ向かうことになり、音羽は申し訳なさそうに聞く。

「別に…俺はそんな遠回りじゃねえし。」
「暗い中、女の子一人じゃ危ないじゃん?」

わいわい言いながら歩いていると、月森の家の前まで来た。

「うっわあ…!すっげー!」

立派な洋館に火原が堪らず声をあげる。

「やっぱり月森君ってお坊ちゃまなんだねえ。」
「まー…でもそんなカンジですよね、アイツ。お育ち良さそうだもんなあ…しかも何もできねーし。」

合宿の一件を思い出したのか、土浦が溜息を吐く。

「人の家の前で何をしている?」

冷めた声に3人が振り返ると、月森が眉を顰めて立っていた。

「蓮、これを返しに。」
「…わざわざ持って来たのか?」
「うん。ないと困るかなぁって思って。」
「もう一着持っているからな。支障はない。」

音羽から紙袋を受け取りながら月森が言った言葉を土浦が聞き咎める。

「おいおい…わざわざコイツが持ってきたのに、そういう言い方はないんじゃないか?」
「えっ、あ…いいって、土浦君。」

音羽は慌てて手を振って土浦を止める。

「蓮、体調は大丈夫?」
「…ああ。」
「そう?よかった。」
「…音羽、上がっていくか?」
「え?うぅん。遅いし、もう帰るわ。ありがとう、蓮。」

その時、ぐううう…ぎゅるるるーと大きな音が鳴った。

「あ…あれ?」

音の鳴る方をみんなで見ると、恥ずかしそうにお腹を押さえている火原がエヘヘ…と照れ笑いを浮かべていた。


2013.05.06. UP




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夢幻泡沫