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いつか一緒に
15
「只今より星奏学院学内コンクール第二セレクションを開催いたします…」
次々と順番が進んでいく中、音羽は月森の姿が見えないことに気が付いた。
「先生…蓮、いないですよね?」
「月森?」
「そう言えば、少し前出ていくところは見たけれど…」
二人の会話に柚木が答える。
「月森のことだから大丈夫だと思うが…」
「俺、ちょっと探してきますよ。」
「土浦、おれも!おれも付き合うよ。」
「悪い、頼むな。」
土浦と火原が探しに行くのに、音羽もついていこうとする。
「先生、私も…」
「お前さんはダメだ。もうすぐ出番だろ?」
「でも…」
「あいつらに任しておけばいい。演奏に集中しろ。」
「…はい。」
音羽は壁に寄りかかると、目を閉じて集中し始めた。
「演奏者6番。普通科2年2組、日柳音羽。シェルドン作曲、『パガニーニの主題による変奏曲』。」
アナウンスされた音羽は、閉じていた目をゆっくりと開ける。
経歴が分かってしまった以上、自身の音に対する評価が厳しくなるのは明らかだ。
きゅっと唇を結ぶと、ステージに向かった。
いつもの通り瞳を伏せるとおでこをコツンとハープに付ける。
さあ、一緒にいい音を奏でましょう…
第一セレクションとは違う凛とした音が会場に響く。
「パガニーニか…難しいところを選んできたな。」
「日柳さんが弾くと、難しそうに聴こえませんけどね。」
「まあな。でも始まる前にあんなことを暴露されてもあまり動じてない辺り、さすがと言うべきか…?」
苦笑しながら金澤と柚木が話す。
2つ、3つの重音が当たり前のように並んでいるメロディに、トレモロが散りばめられている。
アルペジオでどんどんと音階を上げて、会場の雰囲気を盛り上げていく。
「日柳先輩…繊細さやしっとりとした音色はもちろんですけど…『素直』な音、抵抗なく耳になじむ優しい音で弾きますよね。」
「日柳先輩…素敵です。」
ステージ袖では1年の二人が音羽を見つめる。
「音羽ちゃん、華やかさが潜んでしまったけれど…その分たおやかと言うか愁いを帯びた音を弾くようになったわね。」
「ああ、あんなことがあったからな…」
「それでも、やっぱり『Der Prinzessin Musai liebt』には変わりないけれど。」
月森の両親は優しく目を細めて音羽を見る。
彼女が弾いている空間だけ別世界にいるようだった。
音羽がステージ袖に戻ってきても月森はいなかった。
「金やんっ!!」
「火原、見つかったか!?」
「ううん、いないんだよ。外に出て行ったのを見たやつがいて、土浦が探しに行ったんだけど…」
「外ぉ!?土浦はまだ探しているのか!?」
「うん。おれ、もう一回探してくる。」
火原は状況報告だけすると、またバタバタと走って行った。
「…たく。」
「…申し訳ありません。もう少しお待ち頂けますか?直ぐに戻ってくると思いますので…」
心配になってステージ袖まで来た月森の両親に、教頭は戸惑いながら声を掛ける。
それでもなかなか帰ってこない月森に、場内が騒がしくなった。
「あの…何かアナウンスをかけた方がいいですか?会場がかなり騒がしくて…」
「ああ、そうだな…」
ふーと溜息を吐き、金澤が指示を出そうとする。
「あの…」
その時、月森の両親がそれを遮った。
「これ以上…皆さんをお待たせするわけにはいきませんし、私達のことなら気になさらないでください。コンクールである以上、どんな理由があろうと時間厳守のマナーは当然のことです。それを守れない者に、参加する資格はないはずです…」
「ですが…」
「演奏者として、それはあの子にも分かっていると思います。」
「あの…」
音羽は思わず口を挟む。
「今回のコンクールは第一に楽しむもの…ではなかったのでしょうか?」
「日柳、そりゃそうだが…」
「…最低限のルールやマナーはあります。けれど、蓮がそれを知らないはずがないし…あの蓮が…プライドの高い彼が逃げるなんてこと、あり得ません。」
結局、これ以上は待てないと言う事で客席を帰すことになった。
「ご迷惑おかけしました。」
その後無事に戻ってきた月森は、抗議する参加者を押さえて全員に対して頭を下げた。
2013.05.17. UP
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夢幻泡沫