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いつか一緒に

16



「そっか、今日も練習してから帰るのね。」
「うん、ごめんね。」
「分かった。それにしても、頑張ってるね。音羽ちゃん、偉い偉い!」

じゃあね、と直と美緒に手を振る。
音羽はそのまま練習室に向かった。

偉い…?
だって、頑張らなくちゃ。
たくさん弾いて、少しでも…
少しでも巧くならなくちゃ…

「おい!」

急に後ろから手を押さえられた。

「何を無茶な弾き方しているんだ!指が切れるぞ!」

息を切らして月森が音羽の手を取り押さえていた。

「…音羽?」

反応のない彼女に、月森はいぶかしむ。

「音羽?」
「れ…ん…」

漸く気付いた音羽はハッとする。

「ごっ、ごめんなさい。練習室、使う?直ぐに片付けるから…」
「今の音は何だ?」
「え?」
「今の音、あれはきみの音ではない。」

握った手に力を込めて、月森は音羽を見る。

「どうしたんだ?あんな無茶をすれば指が駄目になることぐらい、音羽なら分かるだろう!?それに今の音…今の音は何だ?」
「離して…」
「きみは真剣に弾いていただろう?」
「離して!」

ばっと音羽は自身の腕を月森の手から振りほどく。

「何故、音が違う?」
「音って…私の音って何?」
「何を言っている?」
「どんなのが私の音なの?」
「…音羽?」
「蓮とは…違うから。他のみんなとも…私は違う…」

月森を見ずに俯いたままの音羽を見て、彼はハア…と溜息を吐く。

「なぜ、避ける?何か後ろめたいことがあるのか?…どんな事情があるにしても、俺にとって重要なのはそこじゃない。そうやって参加しているきみの気持ち…音楽に対する姿勢の問題だ。どうなんだ?音羽。」

静かに言葉を紡ぐ月森に、音羽は何も言えずに小さく震えているだけだった。
そんな彼女を見て、月森は悔しそうに眉を寄せる。

「…だとすると俺は、音羽…きみを認めることはできない。」

彼の言葉に音羽は首をうなだれる。

蓮の言葉を否定できるものは何もない…
私には…もう、何もない…

音羽の心を映すかのように、空から細い雨がたくさん降ってきた。



「じゃあ、佐々木。これ、サンキューな。」
「おう。」

土浦は借りていた本を同じサッカー部の佐々木に渡しながら、無意識のうちに教室の中に音羽がいるか探してしまった。

「どうしたー?土浦。」
「あっ…いや、なんでもない。」
「…」

慌てて視線を逸らす土浦に、佐々木はニヤリと笑う。

「土浦お前さあ、いま日柳のこと探しただろ?うちのクラスだもんな!」
「っ!」
「てかさ、どーなのさ?噂どおり付き合っちゃったりするわけ?」
「はあ?」
「てゆーか、休部して彼女ができるってどーなのよ。にしてもさー、お前が休部するって聞いた時は、ホント驚いたな。しかも理由がコンクールに参加するからだろ!?このナリでピアノって詐欺じゃねぇ?ありえなくねぇ?」

181cmだろ、短髪だろ、肩幅広くガッチリ形だろ、いかにも体育会系じゃん、と佐々木は冷やかす。

「うるせーな、ほっとけ!」
「でも、ぶっちゃけ先輩から色々言われたんだろ?休部のこと。」
「…別に、たいしたことじゃねえよ。」
「お前、レギュラーだしなあ。あ!でも大丈夫。なんてったって1位だからな。誰もなんにも言えないって。よかったな、土浦。サッカー部、期待の星!」

クラスの女子にもすげー聞かれてさー、と佐々木は屈託なく笑う。

「…それ以上言うな。マジでキレるぞ、俺。周りにもなにも言うな!」
「あははは、悪い悪い。」

一呼吸おいて、佐々木はふと真面目な顔になる。

「なあ…戻ってくるよな?」

二人の視線が交わった時、教室の中から佐々木を呼ぶ声がした。

「あっ、やべっ。じゃあなっ、土浦。」
「ああ。」

戻る…って、今…俺…どっちのことを考えた?

「勘弁しろよ…」

土浦は苦しそうに眉を寄せると、気持ちを切り替えるために屋上に向かった。


2013.05.24. UP




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夢幻泡沫