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いつか一緒に
17
「それにしても…どんな噂だよ。」
付き合っているのかと聞かれたことを思い出して土浦がぶつぶつ言いながら歩いていると、無造作に投げ出された足と散らばった楽譜が見える。
建物の影になっているそこを曲がると、音羽が座っていた。
彼女に表情はなく、土浦は無性に不安になる。
「日柳!」
自身の名前を呼ばれて、音羽はハッと上を見上げる。
「…土浦…君…」
「どうかしたのか…?」
その一言に音羽は眉を下げる。
何か話そうとし、けれど唇をきゅっと噛んで俯いた。
「ううん…どうも…しないよ。」
「なんでもないって顔じゃないだろ…。ヒドイ顔してるぜ?」
土浦は優しい声色で聞いてみるが、それでも音羽は顔を上げない。
「…まあ、俺には言えない…か。」
「違うの!そうじゃなくて…」
音羽がばっと土浦を見て否定した時、後ろに月森の姿を見つけた。
「…音羽?」
彼もまた音羽の表情に顔を曇らす。
「ごめんねっ…私、そろそろ教室に戻るわ。」
彼女は慌てて楽譜をかき集めると、逃げるように屋上から出て行った。
「えっ…?おいっ、日柳!?」
バタンと閉まるドアを呆気にとられて見送るしかない。
「…どうしたんだ?アイツ。」
「…土浦。」
「…何だよ?」
「きみは音羽とコンクール以前から知り合いなのか?」
「え?…いいや。」
「そうか…」
「おい。何かあったのか?あいつと。今のだってお前が来たから…」
真っ直ぐに月森を見て言う土浦に対し、月森は逸らすように地面を見る。
「月森?」
「…いや。」
そう答えると、月森もまた屋上から帰っていった。
第三セレクションのテーマが『失われしもの』と発表された。
「頑張ってください。」
「応援してるね。」
「日柳、頑張れよ。」
「期待してるぞー。」
笑顔で声をかけられるたびに、音羽の心が痛くなる。
自らが離れていった道なのに、何故またコンクールに参加しているのか…
あまつさえ…
「ふっ、未練がましい…」
自嘲するような笑みを浮かべると、音羽は楽譜を閉じた。
「もう…やめよう…」
目を閉じ、唇をきゅっと噛む。
「…リリ、どこ?出てきて!」
誰もいない練習室で大きな声を出す。
「リリ!ねえっ、リリってば!!」
「…どうしたのだ!?日柳音羽。」
いつもとは確実に様子の違う音羽に、リリは驚いて近寄る。
「…コンクール…もう出ない。」
「…え?」
「もうやめるわ…」
「辞める…?何故!?何故なのだ、日柳音羽!!なぜ突然!!」
「もう嫌なの!私は…」
少しだけ涙のたまった瞳で、音羽はリリを見る。
「ごめんなさい。あなたから主催者に伝えてね。」
ぶんぶんと身体全体で拒否を示して、リリは泣きそうな顔で彼女を見る。
「…我輩は伝えないのだ。日柳音羽、お前は音楽が嫌いになったのか?本当にもう…ダメなのか?」
最後は持っている杖をギュッと握って俯いたまま声を絞り出す。
その日を境に、音羽が放課後に残ることはなかった。
「日柳、どうした?」
第三セレクション直前の日、渡り廊下で外をぼんやりと眺めていると金澤が声をかけてきた。
「お前さんこの頃、全く練習してないだろう?明日がセレクションだってのに、いいのか?」
「金澤先生…私、辞退します。」
音羽の言葉に金澤は目を見開く。
「辞めたい…か。」
「はい…」
「保留だな。」
「え!?」
金澤と目を合わせていなかった音羽は、思わず彼を見る。
「辞めるとなると、これから校長やらにそれを説明したり色々とめんどくせーだろうが。ったく、俺の仕事を増やすなよ。」
心底嫌そうに眉を顰めて、金澤はぶつくさ言う。
「金澤先生…」
「…つーのは冗談だけどなあ。」
遠くを見つめたまま、彼は続けた。
「すべてを失くしてからじゃ遅いんだぞ?」
気持ちがこもった言葉に、音羽は黙ったまま金澤を見つめる。
「…なーんてな。お前さんにゃ、まだ分からんか。」
「…先生?」
「取りあえず、その件は保留だ。明日は必ず来いよ。じゃあな。」
ポンと音羽の頭に手を置いて金澤は職員室に戻って行った。
2013.05.27. UP
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夢幻泡沫