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いつか一緒に

18



「もう3回目、か…」

会場前にある立て看板を見て、音羽は呟く。
何のためにコンクールに出ているのか分からない…
パンツスーツの下にチューブトップを着て、髪はインナーと同系色のシュシュで高い位置のポニーテールに纏める。
耳には大きめの飾り、ネックレスも大振りのものを選ぶ。
いつもより高めのヒールを履くものの、なかなかステージ袖には行けずにいた。



「早いね、もう3回目なんだね。」
「だね。実は、結構楽しみだったりするんだ。」

会場内から盛り上がる声が聞こえる。

「只今より、星奏学院学内コンクール第三セレクションを開催いたします。演奏者1番。音楽科2年A組、月森蓮。ラヴェル作曲、『ツィガーヌ』。」

月森の演奏から第三セレクションが始まった。
前回不慮の事故で出られなかったのを全く感じさせない完成度。

「…日柳さん、どこに行くの?」

出口に向かった音羽に気付いた天羽が声をかける。

「天羽さん…この間のこと、記事にしてくれなくてありがとう。」
「まあ、あんだけ頼み込まれちゃねえ。」

音羽の経歴を天羽は記事にしなかった。

「その代わり、今日の意気込みを聞かせてよ。」
「…意気込みなんて、そんなのないわ。」

音羽は薄く笑うと扉に手をかける。

「どこ行くの?」
「控え室よ。」

振り返りもせずに出ていく音羽を、天羽は呆然と見送る。

「…彼女、あんなに表情なかったかなあ。」

一つ溜息を吐いて扉の向こうの音羽を見るように視線を投げかけた。
音羽は控え室に入ると鏡台に身体を投げ出す。
そのまま出番が近くなるまで、何もかもをシャットアウトするようにうつ伏せになっていた。



再びステージ袖に戻るが、何の感情も湧いてこない。

「演奏者6番。普通科2年2組、日柳音羽。ペスセッティ作曲、『ソナタ ハ短調』。」

呼び出されるままにステージに向かう。
いつもならするはずのハープをおでこにつけることもなく、構えるとおもむろに弾き出した。

「先輩…人形みたいです…。感情も解釈も…何もない…」

ステージを見ていた志水が呟く。

「…私も…そう思います。」

冬海は泣きそうになりながら志水の言葉に頷く。

「日柳先輩は綺麗だけど…綺麗すぎて、生きていないみたいです。」
「何か壮絶…だね。」

天羽も半ば呆然としながら音羽を見た。
音羽は無表情のまま、感情が一切入ってこない旋律を弾き続ける。
いつもと様子が全く違う音羽に、メンバーも固唾をのんで見ていた。

「ペダル捌きも難しい、指だって速く動かさなくてはいけない。難しい曲なのにああも淡々と弾かれると…」
「技術に関しては完璧ですけどね…。」

手伝いに来ていた王崎も、自身もいつもと違う演奏をした柚木でさえも、どう捉えていいか分からないといった様子で窺っている。

「日柳ちゃん、どうしちゃったの…?」

演奏が崩れて参っているはずの火原も困ったように視線を向ける。

「完璧すぎて…機械が奏でているようだ。あんな音は…」
「ああ、日柳の音じゃない!」

月森と土浦は眉を顰めて睨みつけるようにステージ上の音羽を見る。

「…そうだな。まるでからくり人形が弾いているようだ…。確かにテーマは『失われしもの』だが…違うだろ、日柳…」

金澤もステージを見たままポツリと言う。

「日柳、どうした?」
「…何がです?」

終わった後も眉一つ動かさずにステージ袖に戻ってきた音羽は、心配して駆け寄った金澤にも抑揚のない声で聞き返す。
その様子に、誰も何も言えなくなってしまった。



第三セレクション、審査結果。
1位 柚木梓馬  『アダージオ』
2位 月森蓮   『ツィガーヌ』
3位 志水桂一  『夜想曲』
4位 土浦梁太郎 『革命』
5位 冬海笙子  『家路』
6位 火原和樹  『セレナーデ』
7位 日柳音羽  『ソナタ ハ短調』


2013.05.31. UP




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夢幻泡沫