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いつか一緒に

19



「音羽ちゃん、今日も一緒に帰れる?」
「うん!」
「じゃあ、駅前の店に行こうよ。」

友達に誘われるままに、授業が終わるとそそくさと学校から帰る。
第3セレが終わってもそんな日が続いた。

「お…日柳だ。」

廊下の窓から金澤が音羽を見つける。

「アイツ…今日も帰るのかよ。」

一緒にいた土浦は眉を顰める。

「あれ以降、全く練習室も使ってねーな…」
「『あれ以降』って?」
「…日柳、第3セレの直前に『辞退する』って言ってきたんだ。」
「はあ!?何考えてんだよ、アイツ!!」

土浦は毒づくと廊下を歩きだした。



「土浦ー。」

後ろを振り返ると、佐々木が手をあげていた。

「よっ。残念だったな、4位。」
「別に…あんなもんだろ?」
「嘘つけー。絶対くやしいだろ、お前。」

笑いながら言う佐々木に、土浦はぐっと言葉を詰める。

「うるせーな!用がないなら呼び止めんなよ。」
「何だよーっ。つれないこと言うなよー、土浦。あっそういや、前のセレクションさあ…日柳の奴、いつもと違っていたよな?」

素人でも分かるくらいか…と土浦は歯がゆい思いで歩き出す。

4位か、確かに悔しくないか…と言われたら悔しい。

なんだかんだ言って、結構楽しいのだ。
土浦は両手を見ながら考える。
久しぶりのピアノ漬けの毎日。

日柳がいなかったら…
あいつがいたから…

「言わねぇと分かんねーんだよ。」



「音羽ー!これからみんなでカラオケ行くけど、音羽も行かない?」
「行く!」

美緒達からの誘いに音羽はのる。
ついていこうとした時、ぐいっと腕を引っ張られた。

「悪い、こっちが先約だ。」

振り返ると、土浦が怒ったように音羽を掴んでいた。

「え?土浦君…?」
「来いよ。」
「ちょっ…待って!」

音羽の制止など聞かずに、ずんずん引っ張っていく。

「待ってよ!ねえ!」

美緒達は呆気にとられて見送った。

「離して!」

土浦の手を振りほどいて、彼と距離を取る。

「どういうこと?」
「お前、最近弾いてないだろ。」

土浦の唐突な言葉に、音羽は口をつぐむ。

「どういうつもりだよ?毎日の練習を疎かにしたらどうなるのか…お前なら分かるだろ!?」
「も…もう辞めるの!」
「…は?」

音羽の言葉に、土浦は目を丸くする。
彼女が言ったことを理解できなかった。

「辞退するの。」
「…第3セレの前に金やんに言ったんだってな!?」
「そうよ。」
「おいっ!!どういうことだよ!!」

土浦は音羽に掴みかかる。

「…関係ないでしょ。」
「関係なくねーよ!お前がいたから俺は…っ!!」

ぐっと言葉が詰まり、彼はくそっと音羽を乱暴に放した。

「私…帰る。」
「日柳!お前、逃げるのかよ!ふざけんなよ!!」

土浦の言葉に音羽はギュッと目を瞑った後、振り返って叫ぶ。

「土浦君とは違うもの…!!」
「っだよ!」

彼は叫ぶと、持っていたカバンを地面に叩きつけた。



「こんにちは。」
「おや、音羽ちゃんじゃないかい。こんにちは。今日はどういった用事で?」
「あ…これと言ってないんですけど…」

ごちゃごちゃした店内に音羽は驚く。

「すみません、お取り込み中でしたか?」
「あ、申し訳ない。とんだ散らかりようで。いや…ね、梁と音羽ちゃんはいま学内コンクールに出ているだろう?急に昔の演奏が懐かしくなってね。よくビデオに撮っていたのを思い出して、探していたんだよ。」
「土浦君の昔の演奏ですか!?」
「小学生の頃だね。一緒に見るかい?」
「ぜひ!」

音羽はテレビの前の特等席に座る。
少しして小さい頃の土浦が映し出された。

「…うまい、ですね。」
「梁は飛び抜けて上手かったから。このテープは全部ショパンかな。『小犬のワルツ』に『黒鍵』…梁がよく弾いていたからね、ショパンは。」
「本格的にやらないのが、勿体ない…」

ビデオから静かに流れる『別れの曲』に耳を傾けながら、音羽の目には涙がジワリと浮かんでくる。
懐かしいような、切ないような…
ゆったりとした流れに乗せてピアノが運んでくる。
静かにわきあがるこの感情…

やっぱり音楽が好き…離れられない…

「土浦君の音…昔も今も好きだなぁ…」
「何を見てるんだ…!?」

後ろから急に静かな声がかかり、音羽と南はビクリと身体を跳ね上げる。

「…土浦君…」

恐る恐る振り返ると、土浦がこめかみに青筋をたてて仁王立ちしていた。

「…見ちゃった!」
「『見ちゃった』じゃねえ!!南さんも余計なもん見せんなよ!!」

みるみる顔を真っ赤にして、土浦はリモコンを取りあげると電源を切った。

「あぁ…消しちゃったぁ。」

残念そうに言う音羽の隣に、彼はドカッと座るとギロリと睨む。

「まあまあ、梁。久しぶりに見たくなったのだからいいじゃないか。」
「よくねえ!」
「可愛かったよ…?」
「そんなフォローは要らねえ…」

ガクッと脱力して土浦は音羽を見る。
そのまま真剣な目を向け

「日柳…お前、どうするんだよ?」

真っ直ぐ彼女に問う。

「…この間は…ごめんなさい。土浦君に当たる感じになっちゃって…。なんか…いっぱいいっぱいで…。土浦君にはいつも助けてもらっているのに…本当にごめんなさ…」
「いいよ。」
「…え?」
「いや…その、俺も結構きつい言い方だった気がするし…なんつーか…嫌なんだよ、目の前でため込まれるのが。」
「ありがとう…。」

土浦の言葉に躊躇いがちに笑う音羽を見て、彼の表情も柔らかくなる。

「別に…っ、何にもしてねーよ。つーかさ…で、何してんだよ?」
「特には…でも音楽に関係するものに触れたくて…」
「コンクールは、どうするんだ?」
「私…さっきまで辞退する気でいたの。でも土浦君のビデオを見て、昔の自分を思い出して…初心に帰ってみようかなぁ、って思って…」
「そうか。」

音羽の前向きな答えに、土浦の顔も綻びる。

「ねえ、土浦君?『別れの曲』、弾いてくれない?」
「はあ?」
「土浦君のピアノ、聴いていてすごく安心するの。お願い、ね?」

両手を合わせて自身をジッと見つめる音羽に、土浦は頬を染める。

「…ったく、分かったよ。」

彼はブレザーを脱ぐと、ゆったりと弾き始めた。


2013.06.03. UP



ショパン、好きです。
『ピアノの詩人』なんて、彼にぴったりの言葉ですよね。
夢沫的には、ショパンはdurよりmollが泣きそうなくらい大好きです。
土浦のように愁情たっぷりに弾かれてしまうと、もうっ…!!




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夢幻泡沫