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いつか一緒に

25



「ねぇ…これ、この音…」
「うん…」

2人は音が聴こえてくる部屋を探すと、そっとドアを開けた。
中では月森と土浦が合奏をしている。
初めてであるはずなのにお互い手を抜かずに、それでいて息が合っていた。

「…すごい、うまい…!2人ともさすが…」

音羽は驚いて口を手で覆う。

「でも、伴奏にしては自己主張が強い…?」
「うん。アレンジが入ってる。なんだかすごいなぁ、土浦君も…」

敵わないと言ったような笑いを浮かべながら、月森の伴奏者は2人を見つめる。

「この人達と…こんな人達と一緒の舞台に立つなんて、ものすごく幸せなんじゃないかな…」
「幸せ?」
「うん。うまい人達に囲まれて、色々な音楽が聴けて…もちろん自分も頑張らなくちゃいけないけど…」
「幸せ…かあ。」
「そう思わない?」
「…うん…そうかもね。」

漸く笑顔になった伴奏者に、音羽もまた笑顔になる。
この人達と同じ舞台に立てることが嬉しい…
頑張ろう…そう思えることが、また嬉しかった。



「おー、日柳。もうすぐ最終セレクションだな。がんばれよ。」
「がんばってね、日柳さん。」
「応援してるよー。」
「意外に面白いな、コンクール。」
「がんばれよ、日柳。」

最近、音羽はよく知らない普通科の生徒から声をかけられる。

「…緊張してきた。」

ほとんど人が来ない練習室の裏庭で、一人溜息を吐く。

「もうすぐコンクールが終わるんだ…。終わったら…どうしよう、かな…」

ふと中を覗くと、月森がヴァイオリンを構えて弾き始めた。
音羽は窓のそばに寄って腰を下ろす。

「蓮は、迷わず音楽の道を進んで行くんだろうなぁ。逆に、ヴァイオリンを弾いていない蓮って想像できないもん。」

クスクス笑いながら、彼女は月森の音に聴き入る。

「音楽…かぁ…」

ぼんやりと考えていた音羽は、気が付いたら眠ってしまっていた。
練習が一区切りした月森が窓を開けに行くと、壁に凭れかかってスースー寝息をたてている音羽が目に入る。

「…っ、音羽!」
「っ!蓮!?」

ハッと目を覚ました音羽が見上げると、呆れるように眉を顰める月森が彼女を見ている。

「ごめん。心地よくて、つい…」
「…そんなところで、何している。最終セレクション前に体調を崩したりしたらどうするんだ?」

ふう、と溜息を吐いて諭すように月森は音羽を見る。

「ごめんなさい。」
「まったくきみは…自覚が足りないと言うか、体調管理も大切なことだろう?もう日もないのに。」
「分かっているってば。」
「だといいんだが。」

再び溜息を吐く月森に、音羽はムッとする。

「…そう言えば…この間の遊園地、楽しかったね。」

話題を変えようと、人差し指をたてながら彼女は窓に手をかける。

「…ああ。」
「土浦君って、中学の時に彼女いたんだね。ビックリしちゃった。」
「恋愛…か。恋をすると音が変わる…そういう風に聞いたこともあるな。まあ…感情的なことだからだろうが…」

珍しいものを見るように呆然と自身を見ている音羽に月森は怪訝な顔で聞く。

「どうした?」
「…うぅん。蓮の口から『恋愛』とか出てきたのにビックリで…」
「そうか?まあ…俺はないけどな。」

それは音が変わらないのか、恋をしたことがないのか…どっちなんだろうと一人で悩んでいる音羽の顔を覗き込むようにして、月森は続ける。

「けれど…100%否定するわけではないな。土浦や火原先輩…感情的な演奏をするタイプは左右されやすいんじゃないかと、最近思う…」
「いいほうにも悪いほうにも…ってこと?」
「そうだな。」
「なんかいいかも、そういうの…」
「そうか…?」
「うん、何だか素敵じゃない?」

微笑みながら言う音羽に、月森も穏やかな表情になる。

「少し変わったね、蓮。」
「そうだろうか?」
「うん。前は感情的になるのを良しとはしなかったじゃない。」
「…そうだな。」
「今の蓮、いいな。まあ、前の蓮もよかったけど。」

悪戯っ子のようにニコッと笑いながら音羽は月森を見上げる。

「人に構っているヒマはないんじゃないか?」

ほんのりと頬を染めパッと視線を逸らす彼の手の上に、音羽は自身の手を重ねる。

「私ね、今ハープを弾くことが楽しいの。ハープだけじゃなくてピアノも。体調崩している場合じゃないよね?」
「…感情論は好きではないが、好きなんだろう?ハープが。だったらつまらないことで無駄にしないほうがいい。もっと自覚を持ったほうがいい…」
「うん、ありがとう。」
「別に…礼を言われるようなことじゃない。」

今度こそ照れたように顔をそむける月森に、音羽はクスクス笑う。
そして、ふと真面目な顔になり

「…もう最終セレクションなんだね。何だかいざ最後だと思うと寂しいな…」
「何も終わらないだろう?」
「え?」
「このコンクールもあくまでこれからの通過点に過ぎない。何か終わるわけじゃないんだ。全てはこれから…だろう?」

月森は痛いほどの真っ直ぐな視線で音羽に向き合う。

「最終セレクションのきみの演奏…楽しみにしている。」
「私も…」

お互いに微笑み合うと、二人は窓から離れた。


2013.06.28. UP




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夢幻泡沫