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いつか一緒に

27



「あっ、日柳ちゃん。金やんがみんな集合だって。」
「はい。」

音羽が更衣室を出ると、火原が声をかけてきた。

「お、来たな。」
「すみません、遅くなりました。」

どうやら音羽達が最後のようで、ステージ袖にはもう他のメンバーが集合していた。

「でも、どうしたんですか?金澤先生。いつもより集合が早いですよね。」
「ああ…実はな…」

金澤は今朝決定されたことを参加者に伝えた。

「…え?演奏順の入れ替え!?」
「ああ…こんなギリギリに申し訳ないんだが、今回は前回の成績順に変更したいんだ。」
「いい方からですか?」
「ああ…今から言うから…」
「ちょっと待って下さい!理由はなんなんですか、理由は!」

急な変更に、土浦が食って掛かる。

「…こっちの勝手な都合なんだが、どうしてもそういう順番で聴きたいって人がいてな。まあ…大人の事情ってヤツだ。」
「はあ!?」
「本当に申し訳ないとは思うんだが…」

金澤自身も納得できていなく、眉を顰めながらもメンバーに謝る。

「それはおかしいんじゃないですか?」
「月森…?」
「このコンクールは…成績を競う前に、音楽を楽しむためのコンクール。そのような主旨が含まれていましたよね?別にそれに賛成なわけではないですが…学校側が自らその主旨に反するのはどうなんですか?しかも最終セレクションですよ…軽く見ないでください!」

いつも冷静で自分の意見をあまり言わない月森が、ここまで言い切ったことに周りは驚く。

「月森君…気持ちは分かるけど、今ここで金澤先生に言ってもしょうがないと思うんだ。先生の立場もあるし。」
「何だか腹が立つけどな。…っていうか、珍しいな月森。お前、いつもは腹が立つほど冷静なのに。」

苦笑しながら土浦が月森に声をかける。

「どんな順番でも、おれたちの演奏が変わるわけじゃないし!」

火原も明るく言って取り成す。

「対外的にも演出の一部…ということにすれば、違和感なく受け入れられるんじゃないでしょうか。」
「なるほどな、確かに。悪いな…月森。でも…お前さんたちを軽んじてるつもりは決してないからな。」
「はい…すみません。こちらも言いすぎでした。」

月森はぐっと唇を噛み締めると、謝罪の言葉を述べた。

「よっしゃ、最終セレクションがんばろう!おー!!」

火原の明るさに、ステージ袖の空気も和らいだ。



「只今より星奏学院学内コンクール最終セレクションを開催いたします。尚、今回は前回のセレクションの1位の生徒からの演奏になります。」

最終セレクションだけあってどの参加者もとてもうまい。
月森は、彼にしては珍しく穏やかな優しい曲を選んできた。

「意外でした…月森君はもっと技巧が際立つ曲を持ってくるかと思っていたので…」
「ああ…確かにな。ここまでもツィガーヌとかヴィエニャフスキとか選んできたからなぁ。てっきりパガニーニ辺りでくるかと思ったんだがな。」
「でも、うまい…」

柚木も金澤も、土浦のその一言に黙ってステージを見た。
大歓声の中で戻ってくる月森を、音羽は微笑んで迎える。
少しの間、お互いに見つめ合うだけだったが

「すごく…素敵だった…」

その一言を彼女が漸く口にした時、彼は満足そうに微笑んだ。



「…何だか、みんなの演奏すごいね。圧倒されちゃう。」
「確かにな…志水なんてついこの間まで中学生だろ?やんなるよ、ったく…」

音羽が出番を静かに待つ土浦に声をかけると、彼は思案するような顔を見せたまま黙ってしまう。

「…土浦…君?」
「サッカー部…辞めたんだ。」

土浦の突然の告白に、音羽の目が見開かれる。

「だから俺は続けていくぜ…?お前もだろ?」

音羽を抱くように両腕を掴むと、彼は覚悟を決めた目を向ける。
そしてアナウンスに答えるようにステージへ堂々と歩いて行った。

ずいぶんと…遠回りをしたな…
ここは軽く、繊細に、優しく…ここは優雅に、でもあくまで優雅に余裕を見せて…
もっと弾きたい。
もっと自由に、もっと弾ける。
なあ…だから応えてくれよ?
こうなったらとことん付きあうぜ、どこまでも…

自身の想いをぶつけるように、土浦はピアノを奏で続けた。

「結構難しい曲を選んできましたね。」
「まあなあ…あんなんが普通科にいちゃ、ピアノ専攻の奴らは複雑だろうな。」

柚木が驚けば、金澤は苦笑して溜息を吐く。

「すごい…ですね。土浦先輩…」
「うん、さすが…」

月森に負けず劣らずの歓声の中、ネクタイを弛めながら戻ってくる土浦に音羽は泣きそうな笑顔を向ける。
彼女と目が合うと、土浦は穏やかで優しい笑みを音羽に見せる。
ポン…と頭を軽く撫で、彼はすれ違っていった。


2013.07.05. UP




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夢幻泡沫