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いつか一緒に
28
「演奏者7番。普通科2年2組、日柳音羽。ヴィヴァルディ作曲、『四季 冬』。」
目を閉じ深呼吸をひとつしてから音羽はステージに歩き出す。
深くお辞儀をしてからゆっくりとハープを引き寄せる。
いつものように瞳を伏せるとおでこをコツンとハープに付けた。
さあ、最後まで一緒に…
ゆったりとしたラルゴが会場に響き渡る。
音羽が爪弾く一音一音が厳しい冬の中にもある優しさを醸し出す。
冬の後には必ず春が訪れる、それがまるで彼女の音でそうなるような錯覚を感じられた。
「決して難しい曲ではないのに…これは彼女にしか弾けないね。」
「音羽先輩…本当にお綺麗で…」
脱帽したような柚木の隣で、冬海は目に涙を浮かべて音羽を見る。
「これ『冬』だよね?…でも、『春』みたいだなあ。」
「そうですね…日柳先輩の衣装のせいもあるんでしょうが…春の女神…音楽の女神みたいです…」
火原と志水はそっと溜息を吐く。
甘い旋律を奏でながら音羽は微笑みを絶やさない。
一切の音を消し去り、彼女の音だけが冬の雪原を溶かすように客席の心にじんわりと沁みていく。
「これが…『Der Prinzessin Musai liebt』…」
「ムーサイが愛する姫…か。」
月森と土浦は穏やかに微笑んで音羽を見つめる。
みんなと過ごしてきたこのコンクール、本当にかけがえのないものだった…
音羽の目に涙が滲む。
それでも彼女は嬉しそうに微笑みを浮かべたままでいる。
その姿に、会場中の目が釘付けになった。
「…しばらくヴィヴァルディは聴けない、な。」
金澤は降参するように頭を掻いた。
…終わりにしたくない。
これで終わりになんてできない。
音楽が好きだから…
音羽は愛しむように最後の一音を弾き終えた。
彼女がステージからいなくなっても、会場からは歓声どころか拍手も起きない。
ハッと気付いた誰かの拍手をきっかけに、割れんばかりの賞賛が会場を包み込んだ。
「終わっちゃったね、コンクール。」
「ねー。日柳さんの演奏…凄かったね。」
「うん、綺麗だったなぁ。」
「女の私達でさえも、釘づけになっちゃったもんね。気が付いたら惹き込まれてしまってたよ。」
「ありゃ、男子達はやられちゃったでしょ…」
「まさに女神だったなあ。」
「そうだね、絵画からまんま抜け出てきた感じ。」
「分かる!てゆーか、ハープを弾いてる日柳さんが絵そのものだったよ。」
「私も…何か楽器始めてみようかな…」
会場から帰っていく観客の言葉を、リリは満足そうに聞いていた。
そのまま音羽のいる控室に向かう。
「日柳音羽…」
「リリ…」
放心したようにすとんと座り込んでいる音羽は、リリを掌で包むように迎えた。
「本当によく頑張ったのだ。我輩は嬉しいぞ。」
「ううん…ごめんね、リリ。途中で自分を見失っちゃって…。」
「何を言うのだ、日柳音羽!!我輩はものすごく満足なのだ。お前が謝る必要なんて何もない!!何も…」
「…ありがとう、リリ。」
音羽は涙を浮かべてリリに微笑む。
しかし、リリの頬に涙が伝っているのに気づいた。
「リリ?」
「…お別れを言いに来たのだ、日柳音羽。我輩の役目は終わったのだ。」
目元を赤くしてリリは笑う。
「リリ…?」
「本当にありがとうなのだ、日柳音羽…。我輩のせいで迷惑をかけたな。我輩…お前と出会えて本当に良かった。本当に楽しかった!」
「リリ…ちょっと待って…」
「お前の音楽、大好きなのだ。」
「リリ!!…もう…もう会えないの?」
音羽は小刻みに震える手をリリに近づける。
その指先に、リリはそっと口づけた。
「我輩はいつもそばにいるのだ…」
ぱあっと光が舞い、リリの姿が静かに消えてしまう。
「日柳音羽、お前に音楽の祝福を…」
天からリリの声が聞こえてきたような気がした。
2013.07.08. UP
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夢幻泡沫