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いつか一緒に
36
選抜合宿最終日、音羽は演奏会を後ろの方で聴いていた。
星奏学院からの参加者である月森と志水が並んで椅子に座っている。
ボランティアの土浦と加地は、音羽達の後ろに立っていた。
「…緊張する。」
「この程度の演奏会で緊張してどうするんだ?」
出番が近づくにつれて溜息が多くなる音羽に、月森は呆れたように声をかける。
「…先輩のピアノ…こういう場では初めて聴きます…。楽しみ…です。」
「あっ、ありがとう。」
滅多に見ることができない志水の微笑みに、音羽は思わず頬を染めてしまう。
頑張ろう、と現金にも思ってしまった。
「音羽、順番だ。」
「…行ってくる、ね。」
深呼吸すると、音羽はピアノに向かった。
「あの子…知ってる?」
「うぅん、コンクールとかには出たことないよね?」
「噂で聞いたけど…ピアノ専攻じゃないんだってー。」
「えぇ!?どういうこと?」
「馬鹿にしないでほしいよね…」
音羽が椅子を調整している間にヒソヒソとかわされる会話。
「…うるせえなあ。」
土浦がぼそっと呟く。
「言わせたい奴には言わせておけばいい。」
「音羽先輩の音…あの人達は知らないから…」
冷静な月森と志水に、土浦は更に苛つく。
「それにしたって…」
「日柳さんのピアノか。ハープとどう違うんだろう。あっ、座った。」
ニコニコと音羽を見ている加地に、土浦はチッと舌打ちをすると前髪をぐしゃりと掴んだ。
静かに流れだす『別れの曲』に気付いた人はどれくらいいただろうか。
瞳を伏せながらたおやかに旋律を奏でる音羽は、周りのざわめきなど気に留めていない。
柔らかく手首を動かして、ゆったりと音を紡ぎ出す。
一人、また一人と魅入られていく会場に、静寂が降りた。
さっきまで音羽を悪く言っていた人達は、ばつが悪そうに俯いている。
一転、続けざまに激しい曲調に会場の空気も変わる。
今度は全身を動かしながらテンポを保って指を細かく動かしていく。
「…静と動、見事な表現だ。」
「さすが…音羽先輩です…。エチュードだからこそ楽譜に忠実に…でも、先輩の音を損なっていない…」
「見ろよ、周りの連中。すっかり黙っちまったぜ。」
「日柳さん、ハープだけじゃなくてピアノもすごいんだあ。さすが、姫。」
星奏学院のメンバーは心なしか誇らしげに音羽を見ていた。
月森の番になると、再び音羽はピアノに向かった。
「月森先輩…音羽先輩の伴奏で弾くんですね。…羨ましい…」
志水は心底羨ましそうに2人を見る。
月森の音に合わせて、主役は彼だと言わんばかりに音羽は伴奏を控えめに添える。
時々月森を見ながら拍子を合わせる彼女は、とてもリラックスしていた。
それでいて月森を弾きたてるような伴奏をする音羽に、土浦は苦笑せざるを得ない。
月森が弾き終わると、わあっ…と言う歓声があがった。
「すごい、さすが月森君!」
「うまいね〜。」
拍手とざわめきの中、ダニエルが月森に話しかけてきた。
「Len, eine Lotosblume. Ein Stück Mängel zu schon Zugabe es auf alle Fälle.」
「…もう1曲?」
「へえ、アンコールなんてすごいな。」
「音羽、できるか?」
驚きの声を上げる加地のそばで、音羽は笑って首を振る。
「私なんかより、伴奏させてみたい人が…いるんじゃない?」
「…きみもできるだろう?土浦。」
月森の言葉に、どよめきが会場を包む。
「唐突だな…オイ。大体、何を弾けって…」
顔を顰めていた土浦は、何かを思いついたようにニヤッと笑った。
「土浦君…?」
「いいぜ。これを聴かせろよ。」
ざわめきが一段と大きくなる中で、土浦は月森に近づいた。
「ちょっとー、ピアノ弾けるの!?」
「えー…身の程知らず…」
「…何だか嫌な雰囲気だね。」
否定的な空気を醸し出す会場に、加地も音羽も戸惑いを隠せない。
「…それか?」
「ああ。俺はざっと目を通した程度だから、正確な伴奏は期待するなよな。」
「構わない。」
土浦がたまたま持っていた楽譜を見ると、2人はさっと弾く準備を始める。
速いテンポで始まった曲にパッと会場が静まる。
音羽も加地も志水も、会場にいる全員が月森と土浦を見やる。
挑戦的な視線を互いに交わして弾き進めていく2人の周りには、確かに音のきらめきが見えた。
音羽は土浦の言葉を思い出す。
『周りの目を気にして萎縮して、立ち止まって何になる?』
『行きたいと思わないのか?』
『お前もそこに…』
このアンコールも、全てを飛び越して引き込まれてしまう…
別世界だ…と音羽は感じた。
2013.08.16. UP
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夢幻泡沫