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いつか一緒に
43
「土浦君っ!」
廊下で音羽が大きな声で土浦を呼ぶ。
その顔は心なしか嬉しそうに笑っていた。
「…日柳?どうした、慌てて。」
「慌ててないもん。それより、どうして言ってくれなかったの?コンクールに出…」
音羽の言葉に、土浦は大慌てでバッと彼女の口を勢いよく塞ぐ。
そのまま周りを威嚇して人を遠ざけると、はあ…と大きく息を吐く。
「ったく…大声で言うなよ。」
「だって土浦君がコンクールに出るなんて意外だったんだもん。あんまり好きじゃないんでしょ?」
「まあな…だから何かな…少し…」
土浦は疲れたようにもう一度溜息を吐いた。
「もしかして…恥ずかしいの?」
「…察しろよ。」
顔を赤らめてそむける彼を見て音羽はクスクス笑う。
「うふふ、ごめんね?でも嬉しいな。」
「え?」
小首を傾げて言ってくる音羽を優しい瞳で見ながら、土浦は聞き返す。
「土浦君のピアノ、大好きだもん。もっとたくさんの人に聴いてもらって、『なんて凄いんだろう!』って言わせたいわ。」
「何だよ、それ。どうしてお前がそんなに得意げなんだよ?」
まるで自分のことのように得意げに話す音羽に、土浦は思わず噴き出す。
「だって…」
少し拗ねたような仕草を見せる彼女を、彼は穏やかな目で見つめる。
いつもとは違う土浦を、音羽は怪訝に思った。
「ねぇ…土浦君?」
「ん?」
「何か…あった?」
音羽の言葉を聞いた直後、土浦は驚いたように彼女を見た。
その仕草に彼女の方が驚いてしまう。
「あ…勘違いならいいんだけど…総会で一緒に弾いた後、何だか真面目な顔で…思いつめていたようにも見えたから…」
「…サンキュ、何でもないさ。」
自身のことを見ていてくれたのかと、土浦は嬉しく思った。
「そう?ならいいんだけど…。じゃあ私も土浦君に報告。他の人にはまだ言わないでね?」
しぃっと人差し指を自身の唇にあてて口止めをしておいてから、内緒話をするように音羽は背伸びをして土浦の耳に近寄る。
「私も今度、コンクールに出るの。」
「マジかよ!?何のだ?」
「国際ハープコンクール。」
「…最難関じゃねえかよ、それ。」
「うん、まあ…」
土浦の言葉に途端に困ったような顔をする音羽を、彼は慌てて元気づけるように言葉を足す。
「お互い頑張ろうな、コンクール。」
「うん。」
「音羽。」
その声に振り返ると、月森が二人に向かってきた。
「蓮!?どうして普通科に?」
「…今日…知人のサロンコンサートがあるんだが、きみも行かないか?」
「ホント!?」
「ああ。」
「ありがとう、蓮!」
音羽は月森の傍へ行こうとしたが、体が前に進まない。
違和感があるところを見ると、土浦が彼女の手を押さえていた。
「…土浦…君?」
音羽の声に土浦はハッとして手を離す。
「あっ…と、悪い…。よかったな…行ってこいよ。」
「う…うん。」
土浦の態度を疑問に思いながらも、音羽は月森と帰り仕度を始めた。
「きみと…土浦は仲が良いんだな。」
「え?そう見える?」
その言葉に音羽は顔をぱぁっと明るくした。
「ああ。なんだ、嬉しそうだな…」
「うん。土浦君とはコンクールがきっかけで知り合った感じだけど、迷惑かけっぱなしで。その内、愛想をつかされるんじゃないかって…」
「そうか…」
「初めはまさか、ピアノが弾けるなんて思わなかったな。」
「体育会系だからな、彼は。」
「そうそう。手も大きくて…羨ましいわ。」
音羽は自身の手を見ながら言う。
「…きみの手は小さいな。」
「そう?普通じゃない?」
「いや…ほら、小さいな…」
そう言って、月森は音羽の手に自身の手を重ねた。
少し冷たい彼の手が、彼女のそれをすっぽり覆う。
「…蓮と比べたら、小さいに決まっているよ。」
「そうなのか…?」
顔を真っ赤にして言う音羽に、月森は小さく笑った。
2013.09.23. UP
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夢幻泡沫