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いつか一緒に

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「…何を弾くつもり?」
「音羽は何が弾きたいんだ?」
「え…っと、最近一緒に弾いた曲だと…『チャルダッシュ』は?」
「分かった。」

調弦をしながら簡単に確認し合う。
向き合うようにして構えると、音羽は月森とアイコンタクトを取った。
ハープ特有のアルペジオや和音にヴァイオリンの哀愁漂う音が重なる。
いつもの月森ならまず選択しないであろう曲調。

「…あいつはこんな風にも弾くのか。」
「月森君がここまで楽譜を崩してくるのって珍しいよね。」

土浦と柚木は驚いたようにステージギリギリまで寄って2人を見つめる。
座っている音羽を見守るように、時折り月森は視線を投げかける。
彼女もリズムが変わる時などは彼を見上げて視線を絡ませ合う。

「…いい雰囲気だね。」
「何か割って入れそうにないなぁ。」
「物悲しい雰囲気なのに…ステージは甘い空気だよね。」

客席からは溜息とも吐息ともとれるものが漏れる。

「何だか…月森君の雰囲気かわった?」
「うん。日柳さんと一緒だから…かもね。」

客席の雰囲気や柚木の言葉に、土浦は悔しそうに前髪を掻き上げた。



「音羽、ちょっといいか?」
「うん、何?」

後夜祭に参加するために片づけをしていると、月森が音羽に近づいてきた。

「土浦君、悪いんだけど先に行っていてくれない?」
「分かった、バっくれんじゃねえぞ?俺だけ『壁の花』はごめんだぜ。」
「ちゃんと行くから。加地君に会ったら少し遅れるって言っておいてほしいな。」
「分かったって。」

土浦は片手をあげると、先に会場に向かった。

「…蓮は後夜祭に参加しないの?」
「ああ。練習をしてから帰ろうと思う。」
「そっか。」

こういう日にも練習を優先する月森に、音羽は苦笑を洩らす。

「…もうすぐコンクールだな。」
「そうだね…」
「準備はできているのか?」
「…ぼちぼち?」

空笑いをしながら視線を逸らす音羽の態度に、月森は思わず溜息を吐く。

「蓮も…留学、もうすぐでしょ?」
「ああ。」
「緊張でドキドキ?それとも、楽しみでワクワク?」
「そうだな…向こうでしか学べないものもあるだろう。可能な限り吸収できれば、と思っている。」
「蓮のことだから心配はないと思うけど…」

ふぅ…吐息を吐いて音羽は月森を見上げる。

「…ねえ、蓮?後夜祭、やっぱり参加しない?」
「俺は…」
「ダンス、1曲でいいから一緒に踊って?」

音羽は手を差し出しながら誘う。

「しかし…」
「ここでの文化祭はきっと…今日が最後でしょう?だったら後夜祭も参加しようよ。」
「…分かった。」

月森は音羽の手を受け止める。

「ありがとう!」

彼にエスコートされながら、音羽はにっこりと笑った。



「ねえねえ、月森君と日柳さんって付き合ってるのかなあ?」
「あー、やっぱりそう思った!?」
「さっきのアンコールの雰囲気って、間違いなくそうでしょ!!」
「でも、加地くんのアプローチを嫌がらなくなってきてるよ。一緒に劇の衣装着て写真も撮っていたし、加地くんと付き合うことになったんじゃないの?」
「え!?学内コンクールの時から土浦と付き合ってんじゃないのか?」

音羽の知らないところで、学校中同じ話題が飛び交っている。
ダンスが始まるまでの間、会場でもそこかしこで話がなされていた。

「でも…日柳、来てないみたいだけど?」
「嘘っ!?ダンスを誰と踊るかで分かると思ったのに!!」

コンクールのメンバーはいるのに、音羽がいないことをみんなが訝しんでいた。

「後夜祭へようこそ!それでは皆様、パートナーの手を取り今宵素敵なひと時を!」

司会者の言葉にダンスが始まってしばらくすると会場のざわつきと共に、月森にエスコートされて音羽がダンスの輪の中に加わった。
月森にリードされて踊る音羽の楽しそうな微笑みに、周りから視線が集まる。

「蓮、留学したらダンスパーティーなんてしょっちゅうあるよ?」
「…そうだな。音羽がダンスできるのも、向こうで生活していたからだろう?」
「まあ、全部参加していたわけじゃないけど…」
「俺もできれば遠慮したいものだ。」
「どうかなぁ?蓮は音楽の実力はもちろん、見た目もいいからね。引く手数多なんじゃないの?」

クスクス笑いながら踊る音羽を、月森は嫌そうに眉を顰めながら見下ろす。

「そう言えば…今日の『チャルダッシュ』、いつも以上に楽しかったね。」
「…ああ。」
「蓮が人前であんなに感情を表に出すのって、初めてじゃない?」
「そうかもしれないな。…音羽と合奏すると、俺のペースが乱される。」
「何それ!?私のせいなの?」

ぷうっと頬をふくらまして睨む音羽に、思わず苦笑を洩らして月森は彼女を見つめた。


2013.11.01. UP




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夢幻泡沫