
Main
いつか一緒に
53
「悪いとは言っていないだろう?」
そう、悪いのではないのだ。
他人にペースを乱されることが、何よりも嫌なはずなのに…
音羽と合奏をすると惹き込まれてしまう。
彼女が紡ぎ出す音の雰囲気はいつも心地よい。
雰囲気…
まさか俺がそんな曖昧な評価を…?
分からないことばかりだ…
けれど、あの時…
音羽が再び動き出すと宣言した時…俺は、嬉しかったんじゃないのか?
彼女が続けていくと聞いて、これが最後じゃないと…
そうだ…俺は嬉しかったんだ。
音羽と道を違えないことが…
「そうか…」
「…蓮?」
急に穏やかな顔になり、つないだ手に力を込める月森を音羽は不思議そうに見上げる。
「蓮…どうかした?」
「いや、何でもないんだ。」
この感情を言葉にのせるとしたら…俺はきみが…
それは恋と言うのだろうか…
月森は漸く自身の気持ちを理解した。
「日柳さん。」
1曲と言う約束をきっちり守り会場を後にした月森と別れた後、音羽が隅の方へ行こうとすると加地が声をかけてきた。
「加地君。」
「ダメだよ。今日は僕が先約だったのに。」
「ごめんなさい。どうしても蓮と踊りたくて…」
「踊ってくれますか?」
申し訳なさそうに言う音羽に、加地は笑いながら手を差し伸べる。
「はい。」
そのまま二人はダンスの輪の中に入っていった。
「加地君、ダンスも得意なの?」
「得意ってわけじゃないけど。僕がリードするからそのまま力を抜いて、ね?」
「…すごく踊りやすい。」
ニコニコしながら音羽を見る加地に、彼女も笑顔を向ける。
「今日の演奏もとってもよかったよ。」
「ホント?ありがとう。」
「まさか、CMを生で見れるとは思わなかったし…」
「あー…あれね。柚木先輩が提案したんだけど、火原先輩と私以外の人がおもしろがっちゃって…」
「何か第3弾って感じで、新鮮だったなあ。」
「私も加地くんのロミオが見られてよかったわ。さすが加地くん!って思ったよ。」
「ありがとう、日柳さん。」
お互いに笑って話しながら踊っていると、曲が途切れた。
「あー、終わっちゃった。」
冗談めかしながらお辞儀をする加地に、音羽もスカートを持ち上げて返礼する。
そのまま並んで土浦達がいるところまで戻った。
「…よく踊れるよなあ、お前ら。」
呆れたように声をかけてくる土浦に、
「えー!だって折角の後夜祭だし、日柳さんと踊れるなんて滅多にないし。」
加地はニコニコと答える。
「…土浦君は踊らないの?」
「だから、踊れねーんだってば。」
「人のことさんざん冷やかしておいて?ずるいなぁ。」
音羽はふっと悪戯を思いついたような笑顔を浮かべると、自身の手を土浦に差し伸べる。
「私と踊ってくれませんか?」
「なっ!?何言ってんだ?」
「あー、いいなあ!土浦!!」
「女の子に恥をかかせる…なんてことはしない、よね?」
ニコッと笑って土浦を見る音羽に、彼は手で顔を覆った。
「…お前、たち悪すぎ…」
「土浦君だけ逃げよう、何てこと許されないでしょ?」
「…知らねーでやってんだから、末恐ろしいよな。」
ボソッと言いながら手をそっと口元に持っていく土浦の顔は赤く染まっている。
それでも音羽の手を取り、
「…1曲だけだぞ。」
と彼女をエスコートして再び始まったダンスの輪の中に入った。
多少のぎこちなさはあるものの、土浦は音羽をうまくリードしながら踊っている。
「…なぁんだ、踊れるんだね。」
少しだけ口を尖らせて音羽は土浦を見上げる。
「一応、体育で習ったからな。何でそんなに不満そうなんだよ?」
「ん〜…ちょっとねぇ。」
まさか『からかいのネタに』など言えず、不自然に視線を逸らす。
「何だよ?それより日柳は何だか慣れてるな。」
「まぁ…向こうじゃダンスパーティーは当たり前だからね。」
「俺にはついてけねえな…」
げんなりしながら言う土浦を、音羽はクスクス笑う。
「楽しかったね、文化祭。」
「…そうだな。」
「コンクールメンバーでアンサンブルができて良かった。」
「ああ。ところで、月森の奴はどうしたんだ?」
土浦は直ぐに姿の見えなくなった月森のことを話題にする。
「蓮?練習してから帰るんだって。」
「はあ?ったく、協調性のない奴。」
「後夜祭も最初は出る気なかったんだから、1曲踊っただけでもよしとしなきゃ。」
「…よく誘いに乗ったな。」
「こっちでの文化祭はきっと最後だから…って言ったら、乗り気ではなかったけどね。」
寂しそうに言う音羽に、土浦はしまったと眉を寄せる。
「…次は土浦君のコンクールだね。」
「お前もだろ?てか、お前のコンクールはどこでやるんだ?」
「ハンブルク…だったかな?」
「ヨーロッパか。」
「うん。縁が深いと言うか、因果と言うか…」
音羽がふと土浦を見上げると、ひどく優しい眼差しを彼女に向けていた。
「ま、頑張れよ。」
「…お互いに。」
彼の瞳がくすぐったくて、音羽の頬はほんのりと染まる。
それ以上は何も言わず、心地よいと感じる雰囲気の中で2人はただ踊っていた。
2013.11.04. UP
← * →
(53/69)
夢幻泡沫