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いつか一緒に

56



「おいおい、随分と自信がないな。」
「そんなこと言ったってさあ…」

渡り廊下を月森が歩いていると、階段脇で土浦と音羽が話をしていた。
自然と会話の内容に耳を大きくしてしまう。

「自信なんてあるわけないけど、練習はしっかりできたかな。蓮にもたくさん励まされているし、ここまできたらやるしかないもんね。」
「月森…か。」
「うん。」

そうよ、と顔をあげる音羽の目に月森が写る。

「…って、アレ?蓮。」

小さく手を振る音羽に月森は近寄って行く。
その間にも月森と土浦は互いの視線を交錯させる。

「そうだ、蓮も聞いた?柚木先輩がコンクールのチケットを買ってくれたこと。」
「ああ…今日もらった。」
「チケット?何のことだよ、日柳?」
「土浦君が出るコンクールのチケット、学内コンクールのメンバー分を柚木先輩が買ってくれたの。」
「はあ!?」

予想もしなかったことに、土浦の顔が思わず歪む。

「オイオイ、みんな来るのかよ…。マジかよ…」
「楽しみだなぁ。」
「お前、自分のコンクールはいいのかよ?」

言いながら土浦はハッとしたように月森を見ると、嫌そうな顔で確認を取る。

「ってまさか…オイ、お前も来るのかよ。月森?」
「ああ。」
「ああ…って…お前…」
「私も頑張らなきゃ。何かと練習に付き合ってもらったんだから。そうじゃなきゃ、コンクールから帰ってきて蓮に合わせる顔がないもんね。」

音羽の何気ない一言に、土浦と月森が目を瞠る。
咄嗟に言葉を返すことができず、気まずい沈黙が流れた。

「…なんか変なことを言ったかな、私?」
「あー…いや…」
「俺には関係ない…」

不意にポツリと零すように月森は呟く。

そうだ…これが最後じゃない。
でも…会えなく…なるんだな。

曇った顔を隠すように顔をそむけながら、月森は自分に言い聞かせるようにもう一度言葉にした。

「俺にはもう関係ない…」
「…おい、月森。何だよ、その言い方!」
「ちょっと、土浦君。いいって。」
「よくないだろう、日柳!」
「どうしてそう喧嘩腰になるかな?蓮だと。」
「そんなことねーよ。」

苦笑しながらも仲よさげに言い合う音羽と土浦を、月森は黙って見ている。

「…それじゃあ、俺はこれで。失礼する。」
「おい、月森!」

一方的にその場を離れていった彼に、土浦は追いすがろうとした。

「ったく…」
「そう言えば…蓮の留学、具体的な日にちとかもう決まっているのかな?」

月森の後ろ姿を見ながら音羽からポロっと言葉が落ちた。

「寂しくなるなあ…」

そんな彼女を、土浦はそっと見下ろす。

「…あいつは…」
「土浦君…?」
「いや…」

何か言おうとした土浦を見上げた音羽だったが、彼が何も言わないので無理に疑問を心にしまい込んだ。

「それじゃあ、私もそろそろ行くわ。またね、土浦君。」
「ああ。」

教室に戻って行く音羽の後ろ姿を見ながら、土浦はもどかしい気持ちを隠せないでいた。

「『寂しくなる』…か。」

そう呟くと、廊下を走りだした。



「月森…!」

練習室に入ろうとする月森に、土浦は息を切らして走り寄る。

「何か用か、土浦…」
「アイツ、傷つくぜ。」

その一言に、月森はドアノブにかけた手を思わず離す。

「どうして言えないかなんてお前の事情は知らないし、正直どうでもいい。でも、何も言わずにいなくなったら、帰ってきたアイツはどう思うか考えろよ。」
「別に音羽が傷つくとは…」
「傷つかないとは言わせないぜ。」

月森の言葉に被せるように、土浦は言葉を重ねる。

「逆を考えてみろよ…いい気はしないだろ?」
「…」
「…遠慮なんてしないからな。」

考えるように視線を下に向けていた月森はハッと顔をあげる。
呆れるような、怒っているような顔をした土浦が正面から彼を見据える。
挑むような強い目できっぱりと言い切った。

「お前がアイツを好きだろうが何だろうが、俺は…いなくなるお前に遠慮なんてしないからな。」
「俺には…関係ない。」

それでも同じ言葉を口にする月森に、土浦はカチンとくる。

「月森、お前まだそんな…」
「どうしろと言うんだ!」

煮詰まってしまったかのように急に声を荒げる月森に、土浦も月森自身も驚いたように動きが止まる。

「月森…?」
「…逆を考えろと言ったな。だったらなおさら言えない…」

グッと握りしめる拳に力が入るのを自覚しながら、月森は静かに音羽を思いやる。

「もし俺だったら、少なからずコンクールの演奏に影響が出るだろうから。」

きっと音羽も同じはずだ。
それに彼女なら、例え黙って行ったとしても…

「…もういいだろうか、土浦。これ以上話すことは何もない。」

月森は黙ってしまった土浦をそのままにして練習室に入っていった。


2013.11.15. UP




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夢幻泡沫