
Main
いつか一緒に
58
暫く歩いていると、名前を呼ばれた。
「日柳…?」
振り返ると、土浦が眉を顰めている。
「土浦君…」
「何だよ…どうした?」
「土浦君こそ。」
「俺?俺はコンビニ。…って、俺なんかよりお前だろ?」
「私?…散歩。」
ふう、と息を吐きながら言う音羽に土浦は軽く溜息を吐く。
「ったく…大体こんな時間に一人でフラフラしてるなよ。」
「土浦君だって…」
「あのな。俺はいいんだよ、俺は!お前は明日があるだろうが。」
土浦の言葉に音羽は俯く。
「日柳…何があった?」
「せっかく緊張がほぐれていたのに…」
「あ?何だ?」
小さい声で呟く音羽の声が聞きとれなかったのか、土浦は一歩近づく。
「何でもない。…それより、優勝おめでとう。土浦君!すごくよかったよ。」
暗い顔を半ば無理やり明るくして言う音羽に、土浦の瞳が大きくなる。
困ったように、けれど嬉しそうな顔をすると頭を軽く撫でた。
「無理すんなよ。」
「土浦君も…ありがとう。」
「『も』?」
「あ…さっきまで蓮に会っていて。」
「…そうか。家まで送るよ。」
「えっ?いいよ、遅いし…」
「だから送るんだ。ホラ、行くぞ。」
先に歩き出す土浦の後を、音羽は慌てて追った。
「送ってくれてありがとう、土浦君。ごめんね、こんな所まで。」
「気にするなよ。案外近いからな、お前の家。」
音羽の家の前まで来ると、土浦は穏やかな笑みを浮かべて彼女を見る。
「ゆっくり休めよ。」
「うん…」
「ほら、早く中に入れって。」
「え?あっ…うん。」
言われた音羽は玄関の扉を開けると、振り返って土浦を見た。
「それじゃあ、おやすみなさい。」
「ああ。また明日な。」
パタン…とドアが閉まると同時に、それまでの笑みが嘘のように土浦は険しい顔をして自身の家に戻って行った。
「いってきます。」
気合いを入れるように声を出してから玄関を開ける。
表玄関のノブに手をかけたところで、誰かがいることに音羽は驚いた。
「よっ。」
「土浦君、どうしたの?こんなところで。」
「どうした…って言うか…」
土浦は頭を掻きながら、壁に寄りかかっていた体を起こす。
「昨晩のお前、遅刻でもしかねない感じだったからな。」
「あ!」
「ったく。」
「え?」
土浦はずいっと顔を音羽に近づける。
思わず固まった彼女の顔を覗き込むと、安心したように一つ息を吐いた。
「…少しは眠れたみてぇだな。ホラかせよ、持ってやるから。」
「えっ!?いいよいいよ、土浦君。重いから。」
「いいから。行くぞ。」
音羽から荷物を取ると、土浦は空港に向かって歩き出した。
「あっ、ありがとう。土浦君…」
「オイオイ、シャキっとしろよ?たくさん練習したんだろ!?」
「うん…そうだよね。」
困ったような顔をして、音羽は曖昧に頷いた。
空港の搭乗ロビーの椅子に腰かけた2人は、お互いが無言のままで時間だけが過ぎていく。
本格的なコンクールに出場するのは久しぶりのこと。
ましてや、一般部門での出場は初めてのことだ。
音羽は自身を抱くように肩をギュッと掴む。
「…その、大丈夫…か?」
「え?」
不意に声をかけてきた土浦に一瞬驚きはしたものの、音羽は直ぐに笑顔になる。
「ありがとう、土浦君。また心配かけちゃったかな…?」
困ったように軽く肩を竦めながらも、土浦の方をしっかり見て彼女は言う。
「頑張らないとなあ…って。だから…大丈夫だよ、土浦君。」
決して強がりではないであろう音羽の表情に、土浦は惹きつけられるように彼女を見つめた。
「あっ、日柳ちゃん。いたっ!探したんだよ、こんな所にいたんだね。」
そこに聞こえてきた声の方を向くと、火原達が揃って音羽に近づいてきた。
「えっ、どうしたんですか?何かありました?」
「違う違う。出発する前に顔が見たくってさ。」
「緊張して大変なことになっているんじゃないか…ってね。」
「大丈夫?日柳ちゃん。」
「頑張ってね、日柳さん。」
次々と声をかけられる音羽に、隣に座っていた土浦は呆れた顔をする。
「…つうか何だよ。俺の時とのこの違い。」
「がんばってください、音羽先輩。」
「ありがとうございます…」
みんなの心遣いに音羽も笑顔になる。
そこに搭乗案内の放送が流れた。
「それじゃあ、そろそろ。」
「頑張ってください…音羽先輩。」
「平常心平常心だよ!日柳ちゃん。」
「しっかりね。」
笑顔で見送る彼等に音羽も段々と落ち着いてくる。
「甘やかされているなあ。…情けないなぁ。」
一人苦笑しながらも、
「行ってきます。」
と音羽は搭乗口に向かって歩き出した。
2013.11.22. UP
← * →
(58/69)
夢幻泡沫