Main



いつか一緒に

60



「ただいま戻りました。」
「…おう。優勝、おめでとう。」
「ありがとう。土浦君や蓮が応援してくれたお陰だわ。」
「…」

月森の名前に、土浦はピクリと肩を揺らす。
黙ってしまった彼に、音羽は怪訝そうな顔をする。

「土浦君?」
「…いや、何でもない。ところで、何をしてるんだ?」
「課題とか…テスト対策とか…」
「あー…金やんから聞いたぜ。大変だな。」

憐みの目を向ける土浦に、音羽は泣きそうになる。

「もう、イヤ…」
「何が?」
「数学が分かんなくて…」

そこで、ハッとしたように音羽は土浦の手を掴んだ。

「土浦君!確か理数系、得意だったよね?!」
「あ…ああ、まあ。どっちかって言えばだけどな。」
「数学、教えてくれない?!」
「はあ?!」
「お願い!根本的なところから分からなくて…」

図書室だと言うことも忘れて、音羽は必死な声で縋りつくように土浦の腕を引っ張る。

「オイオイ、落ち着けって。」
「出席日数は何とかなるんだけど、テストだけはきちんと受けないと成績が…」
「分かったよ。」

ふう、と息を吐いて土浦は音羽を見る。

「休んでた分の課題と、テスト範囲でいいんだな?」
「…ありがとう!」

もう既に涙目になっている音羽の頭に手を置くと、土浦は彼女の隣に座った。
そして参考書をパラパラと捲りながら音羽に聞いた。

「どこからだ?」
「…最初から…」
「お前…意外だな。」
「え?」
「何でもそこそこできるイメージ持ってたんだけどな。」
「買い被りよ。理数系は本当に悲惨なんだから…」

徐々に声が小さくなる音羽を穏やかに見つめながら、土浦は彼女の参考書に目を移した。

「ホラ、始めるぞ。」



テストの前日まで、土浦との勉強会は続いた。
辺りがすっかり暗くなり、図書館の閉館案内が放送される。

「…と、今日はここまでだな。」

腕を高くあげながら、土浦は体を伸ばす。

「限界…」

疲れ切ったように机に潰れる音羽に、土浦は苦笑する。

「帰る準備しろよ、ここ閉まっちまうぜ。家まで送るから。」
「いつもありがとう。」

音羽は照れたように笑うと、参考書や問題集をしまい始めた。

「で、勉強したとこは分かったのか?」

帰り道、土浦は並んで歩く音羽を見ながら尋ねる。

「…」
「オイ…」
「…ごめんなさい、頭がパンクしそうだわ。もう、いいの!赤点さえとらなければね。」

投げやりに言う音羽を、土浦は半ば呆れたように見下ろす。

「数学って本当に分からないわ。どの公式を使えばいいのか、何ですぐ分かるの?」
「パターンさえ分かれば簡単なもんだ。俺には国語の方が難しいけどな。」
「え〜、そうかな?」
「ああ。だって、文の捉え方とか登場人物の心情とかの感じ方なんて、人それぞれだろ?一つの音楽にいろんな解釈があるようにさ。」
「それはそうかもね。でも、国語なんて問題に答えがあるんだよ?それを探し出せばいいだけなのに。」
「俺にはそっちの方が分かんねえや。」

頭をガシガシ掻きながら言う土浦に、音羽はクスリと笑いながら続ける。

「毎日付き合ってくれてありがとう。本当に助かったわ。」
「気にすんなって。」
「そうは言っても…あっ、ちょっと待っていて。」

音羽はそういうと、コンビニに入って行く。
直ぐに出てきた彼女の手には、いつかのように肉まんが二つあった。

「ハイ。」
「おっ、肉まんか?サンキュ。」

土浦は嬉しそうに受け取ると、大きな口で食べ始める。
それを見た音羽も嬉しそうに肉まんに口をつけた。

「ねえ、土浦君?勉強教えてくれたお礼がしたいんだけど…」
「別にいいって。」
「そんなこと言わないでよ。何かない?」
「と言われてもなあ…」

再び歩き始めた土浦は夜空を見上げながら考える。

「今すぐじゃなくてもいいんだけど…」
「なら、凱旋リサイタルのチケットくれよ。」
「え?!…何で知っているの?」

ニヤッと笑って言う土浦の方へ、ギョっとしたように音羽は勢いよく向く。

「何でってテレビでやってたし、学校でも話題になってるし…」
「はあ…」
「溜息つくなって。日柳の音、久しぶりに聴きてえって思うしさ。」
「そういうの苦手って知っているでしょ?…でもね、元々チケットは学内コンクールのメンバー分は用意するつもりだったの。」

苦笑いしながら音羽は土浦を見る。

「そうか。」
「うん。散々迷惑かけたり、励まされたりしているからね。問題は日にちがなぁ…」
「いつなんだよ?」
「クリスマスイブ。」
「…それは、また…」
「でしょ?土浦君も予定があるんじゃない?」

クスクス笑いながら言う音羽に、土浦は目を丸くする。

「はあ?!冗談きついぜ?」
「そう?」
「そうだって。俺はリサイタルに行くからな!」

ムキになって言う土浦を、音羽は不思議そうに見る。

「…分かった。チケット、用意するね。」

ふわりと笑う彼女に、土浦は拗ねたようにそっぽを向いた。


2013.12.09. UP




(60/69)

夢幻泡沫