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いつか一緒に

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リサイタルの曲を練習しながら、音羽の頭は土浦の告白でいっぱいだった。

「…集中できない…」

ポツリと呟くと、楽譜を閉じてハープに凭れかかる。

土浦から好かれているなんて…
文化祭前に一瞬考えもしたが、まさか本当にそうだったとは…

弦に指を滑らしながら何度目か分からない溜息を吐く。
思い出すのは学内コンクールのこと、体育祭のこと、文化祭のこと、連弾のこと…
事あるごとに土浦は傍で励ましたり、時には叱ったりしてくれた。
本気で音羽のことを心配してくれた。
それに彼の音楽は聴いていて落ち着く。
土浦と一緒に過ごす時間は、とても嬉しいものであった。
嬉しい…そう、嬉しいのだ。

土浦ともっと一緒にいたい、もっと彼のことを知りたい…

「そっか…」

何となく分かった自身の感情を、音羽はくすぐったく感じた。



リサイタル当日、クリスマスイブだと言うのに学内コンクールメンバーは全員揃っていた。
おまけに加地も当然のように来ている。

「日柳さんのリサイタルをまた聴けるなんて、幸せだなあ。」

ニコニコしながら言う加地に、土浦は呆れたように返す。

「お前さあ…浜井美沙の時も聴いただろ?」
「あれももちろん良かったけど、日柳さん一人のリサイタルって3年ぶりぐらいだからさ。楽しみだよ。」
「こんな大きいホールなのに一人だけでこんなに集客して、日柳さんは一気に有名になってしまったね。」
「うん。それに、日柳ちゃんの演奏を生で聴くのは久しぶりだし。」

ぐるりと辺りを見回して言う柚木に、火原も驚いたように賛同する。

「交響楽団との演奏…と言うのも、凄いですよね…」
「このリサイタルで日柳はまた、注目されるんだろうな。」

志水の言葉に土浦がボソッと呟くのと、拍手が起きるのは同時だった。

「あ、始まるみたいだよ。」

楽団がそれぞれ楽器を持って入ってくるのを、メンバー達も拍手で迎えた。
チューニングを終えてしばらくすると、指揮者と共に音羽がステージに上がってきた。
お辞儀をしてコンマスと握手を交わすと、ハープを抱え込む。
指揮者と頷き合い、合図を待つ。
オーケストラの包み込むような音と共に、音羽も奏で始めた。
ハンデルの『ハープ交響曲』の第一楽章、チェンバロを使っているからか可愛らしい音色がホールに響く。
宮廷音楽の様な煌びやかさを醸し出した後に、音羽のソロパートになる。
腕を柔らかく動かして、華やかな中にも優雅さが存分に感じられる。
続く第二楽章は、一転して愁いを帯びた音を紡ぎ出す。
ゆったりとした、物悲しいと言うよりも物思いに耽るような艶のある気だるい雰囲気を纏って音羽は弦を弾く。
第三楽章になると、第一楽章と同じく煌びやかさが戻ってきた。
音羽もふんわりと笑いながらハープを爪弾いている。
リットしながら緩やかに弾き終えると、『ヴラボー』の歓声と拍手の中、音羽は優雅にお辞儀をした。
コンマスや指揮者と握手をして、一旦ステージから下がる。
すると、楽団も下がっていった。

「…日柳さん、音が少し変わったみたいだね。」
「うん。何て言うか華やかさが増えた感じがするな。」

ステージ上で準備を進めている間、柚木と火原が話す。

「凄い…完成度ですね。」
「音羽先輩、また…更にうまくなりましたね…」

冬海と志水も音羽が下がっていった方を見ながら呟くように言う。
ステージにはハープだけが残る。
すると、また音羽が出てきてソロが始まった。
何曲か弾き終わると、深々と客席に頭を下げステージ袖に戻っていく。
けれど、客席は当然のようにアンコールを求めて静まらなかった。
少しすると、音羽は照れたように出てきてハープの前に座った。
彼女が弾き始めて会場からざわめきが起きた。

「『White Christmas』か。素敵な演出だね。」

短いアンコールが終わると、音羽は悪戯が成功したような子供のような笑顔を浮かべてステージから下がっていく。
それでもまだ、アンコールは鳴り止まなかった。

「さすがだね。アンコールに対してまたアンコールが出るなんて。」

柚木が感心したように言う。

「日柳ちゃん、出てくるかな?」
「来ると思うよ。こんなに熱望されているんだから。」
「裏で…断っていそうですよね…」
「はは、あいつらしいな。」

ステージ袖の音羽の様子が簡単に想像でき、メンバーから笑みが零れる。
漸く彼女が再び出てきて、感謝のお辞儀をするとハープを構えた。
拍手が静まると、音羽は弦を見つめて弾き出す。

「…『愛の夢』…」

甘い優美な調べに会場のあちこちから溜息が聞こえる。
微笑みを浮かべてハープを見つめる音羽は、誰を想って弾いているのか…
まるで愛の告白の様な音色が静かになくなると、恥じらうように笑う音羽は今度こそステージを降りた。

「何て言うか…『ムーサイが愛する姫』と言うよりも、『ムーサイ』そのものって感じだね。」
「うん、今の聴いていたら彼女ほしくなっちゃった。」

余韻に浸りながら話す柚木と火原に、土浦はこっそりと眉を顰める。

最後の曲は誰を想って弾いたのか…
やっぱり月森…なのか?

返事は期待していないと言ったものの、諦めきれない自身を感じて土浦は歯がゆく思った。


2013.12.27. UP




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夢幻泡沫