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いつか一緒に
08
第一セレクションも無事に終わり、校長からのご褒美という事で合宿をすることになった。
少しだけ寝坊をしてしまった音羽は駅に向かって走る。
すると後ろから来た車が、少し前に停まった。
「日柳さん、おはよう。」
「…柚木先輩?…おはようございます。」
「どうせ同じところに行くんだし、乗って行かない?」
「え…でも…」
「いいから。」
ニコリと笑うと柚木は車を降りて、音羽をエスコートする。
運転手の人もさり気なく荷物を彼女から預かってしまった。
「…すみません。ありがとうございます。」
「そんなに緊張しなくていいんだよ、日柳さん。」
「は…はい。」
くすくす笑いながら柚木は音羽に話し掛ける。
「そう言えば、僕はきみのことあまり知らないね。こうして二人で話すのも初めて…かな?日柳さんはいつからハープを?長いのかな?」
「はぁ、まあ…。でもハープは爪弾けば音が出ますから。そう言う意味ではフルートの方が…難しいんじゃないですか?」
「でも、どの楽器にしても理想の音を出すのは難しいでしょう?ところで、第一セレクションは本当にお疲れさまだったね。君があんなに弾けるなんて、ステージ袖でみんなが驚いていたよ。」
「…普通科ですからね、私。」
困ったように音羽は笑って柚木を見る。
「何言ってるの?それで2位だったのだから、誰も文句をつけようがないよね。でも…音楽科の僕も大変なんだから、普通科からの参加はもっと大変じゃないかな…。参加したかった音楽科の生徒達からも色々言われているし。」
声のトーンが変わった柚木の横顔を、音羽は見る。
「これからセレクションが進むごとに、日柳さんには相当辛くなってくると思う…。僕でさえ…考えるんだ。3年のこの大事な時に、無理をしてコンクールに参加する必要があるのか…って。」
真剣な表情で言った後、柚木は微笑んで音羽を見た。
「だから日柳さんも無理しないで。」
「まあまあ、お疲れでございましょう?」
玄関まで出迎えた管理人の富田がにこやかに声を掛けてくる。
電車に揺られて郊外へ進み降りた駅からしばらく歩くと、お城みたいな洋館が見えた。
冬海の別荘だと言うそこは、防音室、グランドピアノ、ハープが完備されていて練習環境としては申し分のないところだった。
部屋割りを確認した後、荷物を置いて1階のリビングで食事をいただく。
「いただきまーす!」
元気な挨拶で夕飯が始まった。
「わぁ、おいしそう。」
音羽も自身の前に用意された料理に、目を輝かせる。
火原はすごい勢いで食べ進め、柚木はとてもおいしいと富田に微笑んでいる。
「おかわり!!」
「火原、もうちょっと落ち着いて食え!!はえーよ…」
「あ…そっか、そうだよね。家でいつも兄貴と争奪戦になるからつい…」
「ああ、分かるかも。うちも弟がよく食うんだ。」
土浦が頷きながら同調する。
「…で、第二セレクションのテーマは?ここに来ないと教えないと言ったのは、先生ですよ。」
「まあまあ、焦るな月森。最終日のお楽しみだ。」
「金澤先生…」
月森が呆れていると、突然大声を火原が声を上げた。
「あーっ!!オケ部…明日と明後日、オケ部の練習あるんだった。やっべー。」
「落ち着けって、火原。」
「だって柚木〜…。連絡、連絡!!あーっ、ここじゃマズイか。食事中ーっ!!」
「いーからとっとと済ませちゃえよ。」
金澤の言葉に火原は携帯電話で連絡を始める。
「あっもしもし、先輩!?」
「『先輩』?」
3年の火原が『先輩』という単語を使ったのに、音羽は疑問を持つ。
「ああ、王崎だろ?うちのOBでオケ部の練習をサポートしている物好き。付け加えるなら、ヴァイオリン専攻でコンクール経験者だ。しかも優勝。」
「すごい人ですね。」
「部活と言えば…土浦、お前サッカー部は大丈夫か?」
「この連休は休みをもらいました。」
「そうか。サッカー部は練習ハードだろ?コンクールとの掛け持ち、大丈夫か?」
金澤の言葉に、音羽はハッと土浦を見る。
「…考えますよ。」
目を伏せて土浦は答えた。
「土浦君。」
夕飯を終えて部屋に戻ろうとする土浦に、音羽は声を掛ける。
「よお、どうした日柳?」
「あ…夕食の時のことだけど…」
「ん?」
「サッカー部…大丈夫?コンクールには、私が巻き込んだようなものだし…」
音羽の言葉に、土浦は一瞬動きを止める。
「まっ、確かにそうかもな。」
「ゴメンね…」
「なーんてな。気にすんなよ。お前のせいじゃない。」
土浦は優しく笑いながら音羽の頭に手を置き、ポンポンと撫でると部屋に戻って行った。
そうは言われても、音羽は気になってしまう。
自身に宛がわれた部屋で考えていると、同室の冬海が声を掛けてきた。
「日柳先輩、ベッド使ってください。私…お布団を持ってくるので。」
「え?この部屋、冬海さんのでしょ?ベッドもダブルサイズだし、冬海さんさえ良ければ一緒に寝ない?」
「…はい。」
「あっそうそう、『冬海ちゃん』って呼んでもいいかな?」
「え…?」
「火原先輩がそう呼んでいて、かわいいなぁと思ったから…」
「あ…ありがとうございます。」
頬を染めて嬉しそうに言う冬海を、音羽は優しく見つめた。
2013.04.19. UP
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夢幻泡沫