
Main
いつか一緒に 番外編
夕暮れの森
「スゴイよ、音羽ちゃん。連続で2位だよ!」
「やるじゃん、日柳〜。」
「でも本当にスゴイよね、音楽科の人達より上なんて…」
セレクションが進むにつれて浴びる賞賛。
そんな声を避けるようにして入った練習室の出窓に、音羽は腰を掛け外をぼんやり眺める。
こんな時はカラッとしてほしいのに、あいにくの曇り空。
晴れない気持ちを吐き出すように、音羽は深く息を洩らした。
「どーしたのだ?日柳音羽。」
突然、焦点が合わない程近くに何かが飛び出してくる。
リリの出現に、音羽は危うく大声を出しそうになった。
「…驚かさないでよ、リリ!」
「どうしたのだ?2位を取ったのに、何をそんなに落ち込んでいるのだ?」
「…私が2位なんて…」
眉を寄せながら音羽は辛そうに言葉を吐き出す。
きっかけはリリとの出会い。
断り切れなかったというのもあるが、それでも参加しようと自身で決めたはずなのに…
順位だけ見れば、今の音羽も月森や土浦に遜色しないと認められている。
それは嬉しい。
だけど皆と対等の立場ではないことを、音羽自身分かっていたはずだった。
「…すっごい罪悪感…」
力なく笑う音羽を、リリは困ったように見る。
「私…そろそろ帰るね。」
「おう!」
「またね、リリ。」
無理に笑った音羽に、リリも必要以上に元気よく返す。
出て行った音羽の背中が練習室のドアの向こう消えると、リリはぼそりと呟いた。
「優しすぎるのだ…日柳音羽。勝手に巻き込んだのは我輩なのに…」
なまじ彼女の過去を知っているだけに、何と言って声を掛けていいのか分からなかった。
そう、巻き込んだのはリリ。
たくさんの人に音楽の楽しさを分かってほしくて、音羽に白羽の矢を立てた。
もっと音楽を身近に感じてほしくて、嫌だという彼女の気持ちを聞き捨てていたのだ。
リリもまた、音羽以上にしょんぼりとしながら光の輪の中に消えた。
職員室からでも分かるその落ち込んだ姿を、金澤は煙草を燻らせながら見る。
「灰が落ちますよ?金澤先生。」
「お?よう、王崎。」
「こんにちは。」
ひょいと差し出された灰皿の持ち主を見ると、王崎が笑いながら声をかけてきた。
「ところで、何を見ているんですか?」
「んー?ああ…日柳のヤツが随分としょぼくれているなと思ってさ。」
金澤の視線の先を王崎は追う。
「あ…あの子…コンクールの…」
ショックだった。
第二セレクションの時の月森のステージに対するプライド、圧倒されるような強い想い。
彼だけではない。
コンクールに参加しているメンバーの誰もがそれぞれに持っているもの。
それに比べて音羽のしまい込んでしまった音楽への想い…
森の広場にある人気の少ないベンチで、泣きそうになる顔を手で覆う。
「日柳さん。」
声を掛けられ、振り返ると知らない人物が立っていた。
「…え…っと…あの…?」
「あ、ごめんごめん。突然ビックリするよね。おれは王崎信武と言います。この学校のOBで、オーケストラ部の手伝いをしてるんだ。」
王崎信武、という名前に聞き覚えはなかった。
けれど『学校のOB』、『オケ部の手伝い』と聞いて、音羽はもしかしてと確かめるように聞き返す。
「あっ…オケ部の練習をサポートしている…」
「おれ、今回のコンクールを見させてもらってるんだ。日柳さんの演奏、いつも楽しく聴かせてもらってるよ。今回も2位おめでとう。」
「そ…んな…私が参加していること自体…おかしいんです。」
「どうして?」
「…」
穏やかな笑顔で誉めてくる王崎に、音羽は笑って応えられない。
悲観的になってしまった考えを浮上させることがなかなかできなかった。
答えられずに俯く音羽を、王崎はじっと見る。
「普通科のきみが参加していることには、とても意味があるとおれは思うよ。」
「…え?」
「だってきみが参加しているから、今まで音楽に興味がなかった子もコンクールに興味を持つようになったんじゃないか。これってすごいことだと思わない?」
…そうだろうか?
私でなくても、土浦君がいる。
彼の方がよっぽど今回のコンクールに気合を入れて臨んでいる。
歪に笑う音羽に、王崎は明るい口調で励ますように自身の体験を語った。
「コンクールって普段とは気持ちが変わっていくものだと思うよ、誰でもね。でも…大切なことは変わらない。おれはみんなにも楽しんでほしいな…って、ただそれだけだったよ。」
「…先輩はきっと素敵な音を奏でるんでしょうね。穏やかで優しくて、聴いていてゆったりとできるような音を…。」
「う〜ん、どうだろう?自分では分からない部分もあるからね。」
「そうですね。いつか先輩の音を聴いてみたいです。音を…楽しみたいなぁ…」
「おあつらえ向きにヴァイオリンなんか持っているんだ。よかったら一曲弾かせてもらえないかな?」
いつの間にか厚ぼったい雲は消えていた。
雲の隙間からオレンジのスポットライトが森の広場のあちこちに降り注ぐ。
その中で気持ちよさそうに弾く王崎に、音羽の心は少しだけ軽くなった。
『みんなにも楽しんでほしいだけだった』と言える、前回のコンクール優勝者にもなったほどの技巧。
王崎の人柄を表すような穏やかで伸びやかな音色。
疲れを除いてくれるような癒される表現。
月森とは違うヴァイオリンの音に、音羽は黙って浸っていた。
「…素敵な演奏でした。ありがとうございます、王崎先輩。」
「いえいえ、喜んでもらえたようならよかった。少しはきみの役に立てたかな?」
「私には勿体ないくらいです。本当にありがとうございました。」
うっすらと微笑んだ音羽に、王崎は照れたように笑い返す。
「日柳さんは普段音楽科の子達ほど音楽に接していないだろうから、コンクールに戸惑いがあるのかもね。だけど、おれの時は普通科の人にはなかなか関心を持ってもらえなかったから。だから本当にすごいと思うんだ。」
「…ありがとうございます。」
ニッコリ笑って言う王崎に、音羽は何だか安心した。
同時に無性に泣きたくなる。
やっぱり蓮や土浦君達と私は違う。
王崎先輩とも…。
一緒にしては、みんなに失礼だ。
こんなに純粋にコンクールに参加していた人から褒めてもらえるような事を私はしていない。
王崎先輩の賛辞は私以外の人に贈られるべきなのに…。
私は…
「…先輩、すみません。…私、失礼します。」
うまく言葉に表せなくて音羽はその場から逃げるように走り出した。
王崎の言いたいことは分かる。
けれど、音羽はコンクールに出ること自体がおこがましいと自身に腹を立てた。
2013.05.20. UP
『いつか一緒に』2セレ終了後。
← * →
(3/22)
夢幻泡沫