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いつか一緒に 番外編
自身の立場 01
こんなに煌びやかな場所にくるのは久し振りのことだ。
音羽は一等地に建てられた空まで伸びゆくホテルを仰ぐ。
次いで、彼女自身にチラリと目をやった。
1学期に参加したコンクール以来の盛装。
高めのピンヒールを履き、髪をハーフアップに纏め、手にはパーティーバッグを持っている。
どれもリボンのモチーフがついているもので統一した、音羽にしては可愛らしい装い。
中から招待状を取り出し場所の確認をすると、高校生が一人で入っていくには場違いな建物へと足を進めた。
会場はより一層煌びやかだった。
一流シェフが調理した立食式のパーティーに思わず溜息が出そうになる。
丁度通りかかったスタッフからドリンクをもらうと、音羽はそっと壁際に立った。
ほんの数年前までは当たり前だった世界。
幼いながら主賓になったことも一度や二度ではなかった。
ただ純粋にニコニコと笑って心から楽しんでいたあの頃の自身が信じられない。
今になってまたこのような場所に来ることになろうとは思わなかった。
キラキラと光る様は年頃の女の子としてワクワクドキドキするものだが、自身が関係してくるとなると出来れば遠慮したい。
音羽はそういう性格だった。
色とりどりの料理。
天井からぶら下がる大きなシャンデリア。
あちこちで談笑している紳士淑女。
懐かしさに目を細めながらグラスを傾ける音羽に、近づきながら声をかけてくる人物がいた。
「音羽ちゃん、いたいた!」
「渡部さん。」
「来てくれてよかった。なかなか会えなかったから心配していたんだよ。」
「この会場、広いですからね。」
知っている顔にホッとする音羽に笑いかけると、CMプロデューサーである渡部は後ろについてきた人を前に押し出した。
「うん。紹介するよ、こちら火原和樹君。音羽ちゃんの後にCMに出た子。」
「…って日柳ちゃん!?」
「火原先輩!」
隣に立った同年代の男の子を紹介されて、音羽の目が丸くなる。
火原も驚いたように彼女のことを指さしていた。
「…君達、知り合いかい?」
「ええ、高校の先輩です。」
「そうか、和樹君も音羽ちゃんも星奏学院に通っているんだっけ?」
「はい。」
「そっか、おれが呼ばれるってことは日柳ちゃんも呼ばれていてもおかしくないもんね。」
「お互いに…ってところでしょうか?火原先輩がいてくれて安心しました。」
「それはこっちのセリフだよ。おれ、こういうところは初めてだから。」
苦笑う火原に音羽の肩の力が抜ける。
2人でフニャリと笑い合っていると、渡部が呼ばれた。
音羽達に断りを入れて席を外す彼を見送った後、何となく世間話をしていた火原が思い出したように言った。
「さっき柚木に会ったんだ。」
「柚木先輩ですか?」
「うん。このパーティーは柚木の親戚の企業が主催するパーティーなんだって。」
「すごいですね。…と、そう言えばこの頃…」
そう言った音羽が首を傾げながら火原を見た。
「2人が一緒にいるところを見ないんですけど…何かあったんですか?」
「…えっ?」
「いえ、前は見かける時は大抵一緒だったような気がするんですけど…」
「あ…うん…特別これと言った原因はないんだけどね。」
さびしそうに遠くを見る火原に、音羽は戸惑う。
いつも元気で周りを明るくすることができる彼が、鳴りを潜めてしまっていた。
どう話題を変えようかと思案していた音羽に助けが舞い降りる。
「和樹君、音羽ちゃん。」
戻ってきた渡部がスポンサーを連れてきたのだ。
「あっ、あの…もしかして柚木の親戚の方ですか?」
「え?ああ、そうだよ。そうか!君は確か星奏学院の生徒だったんだよね。」
「はい。」
「と言うことは、日柳さんもそうなのかな?」
「はい。柚木先輩とは科が違いますけど…」
「そうなんだ。君はさっき梓馬くんと一緒のところを見かけたから、友人かなとは思っていたんだ。」
「ハイ、同級生です。」
「そうか、同級生か。あれは優秀だろう。」
2人を見てニコニコと気さくに話しかけてくるスポンサーの藤堂に、火原も愛想よく答える。
まるで自分が褒められたかのように嬉しそうに話す火原を音羽は眺めた。
これでこそ火原だと思う。
彼に憂い顔など似合わない。
「学校でも勉強はできるし、フルートはうまいし、人望もあるし。一目置かれています!」
「そうなんだ、さすがだねえ。…でも、梓馬くんもずいぶんと遠回りをしたものだね。彼の将来を考えたら、わざわざ音楽科へ進むメリットは何もなかっただろうに。彼にはもっと他に学ぶべき分野がたくさん…」
…そうだな。
俺に求められていたのは音楽科へ進学することじゃない。
柚木の人間として学んでおくべき分野がある科へ進学することだったんだ。
しかも、それなりのネームバリューがある…
音羽と火原が一緒のところを見かけて、そばに寄ろうとしていた柚木にも藤堂の言葉が聞こえた。
綾人さんもつまらないことを火原に聞かせるなあ。
ほら、久し振りに火原が笑っていたのにまた黙ってしまった…
藤堂としては当たり前のことを言ったのかもしれない。
だが、それが火原の表情を曇らせた。
柚木の家のこととか、そんなことはよく分からないけど…
3年間、ずっとそばで見てきたんだ。
だから…
「柚木はすごくいい演奏をするんです。おれ…柚木の音楽が好きなんです。」
切ない笑みを浮かべる火原の言葉に、音羽は瞠目する。
そしてそれを聞いていた柚木も驚いたように足が止まった。
頭の中で火原の言葉が反芻する。
理解していくうちにつれ、自然と顔が柔らかくなっていくのが分かった。
「どうかしましたか?綾人さん。」
「柚木…!?」
「どうやら無神経なことを言ったようだ。そうか…彼は友人か。」
「はい。僕の自慢の友人です。」
静かに笑って答える柚木を見て、藤堂も穏やかな笑みを浮かべた。
「どうやら有意義な高校生活を送っているようだ。」
「ありがとうございます。それより、綾人さん。折角ですし、この場を借りてこの2人に演奏してもらったらどうでしょうか?」
「演奏…?」
「はい。火原はトランペットを持ってきているようだし、日柳さんは自分のハープでなくても弾きこなせる腕を持っていますし。CM出演者が2人も揃っている滅多にない機会です、一曲聴かせてもらいませんか?」
「成程、いい提案だね。どうだい火原くん、日柳さん。一曲聴かせてくれないか?」
「ええっ!?」
「柚木、そんな急に言われてもっ!」
「大丈夫だろ、火原?それに日柳さんも大丈夫だよね?」
「え、でも…」
困り切った顔で火原を見上げる音羽に、火原も先輩としての威厳を見せられずにうろたえた目を向ける。
しばらく目でどうしようかと探っていた2人だったが、やがてどちらからともなくプッと吹き出すように笑い合った。
「…やろうか、日柳ちゃん。ハープと合わせたことなんてないけど、楽しそうだね!」
「はい、火原先輩。」
「ありがとう、2人とも。」
「じゃあ、おれトランペット取ってくるよ。先に準備してて。」
そう言うと火原は早足で会場を抜け出す。
音羽も柚木に連れられてハープのところへ移動した。
「…羨ましいです、先輩達が。」
飾ってあったハープの様子を見ながら音羽がポツリと零す。
柚木は瞬間的に理解できなかったが、ああ…と思いついたように会場の入り口を見た。
羨ましがられている張本人はまだ戻ってこない。
「火原かい?僕も火原は羨ましいよ。彼の性格は…」
「それもですけど、火原先輩と柚木先輩の関係が羨ましいです。」
「は…?」
「お互い気持ちを許しているというか…お互いを大事に思い合っているのがよく分かります。依存しているわけじゃなくて、尊重し合っている…それでいて支えになれる存在、ですよね?」
「ああ、そうだね。きっと火原はそこまで深く考えてないだろうけど。」
「自然にそうなっているところが羨ましいんです。私はどうしても依存しがちになってしまうから…」
「そんなことないでしょう?彼も日柳さんに随分と助けられているんじゃない?」
「彼…?」
柚木の言葉に音羽は首を傾げる。
『彼』が誰を指すのか本気で分かっていない様子に、柚木は苦笑を洩らす。
「…あ〜あ、アイツも浮かばれないな。」
小さな声の呆れは音羽には届かなかった。
戻ってきた火原に何を話していたのか聞かれ、大まかに話している彼女の姿に同情の念さえ浮かぶ。
話を聞いた火原はう〜ん…と頭を掻くと音羽を見た。
「…日柳ちゃんにもいるでしょ?」
「えっ!?」
「少し立場が違うだろうけど、おれにとって柚木みたいな存在が。」
「は、ぁ…いますか?」
「いるって!ねえ、柚木?」
「うん、そうだね。火原でさえ気づいているのに、日柳さんが気付いていないなんて意外だなあ。」
「おれでさえ…って…柚木、ひどい!」
「あはは、ごめんごめん。まあ…でも、これは自分で気付くのが一番だからね。」
「うん!それにね、おれ達も日柳ちゃんのことは大切な仲間だと思っているよ。ね、柚木?」
ニパっと笑いながら火原は音羽を見る。
初めて出たコンクールに一緒に参加したメンバー。
レベルの違いなんて関係ない。
あの濃い1学期を共に駆け抜けた仲間なのだ。
「決めた!おれ…今日の演奏、日柳ちゃんを思って吹くよ。おれと柚木が応援してるよ、頑張れ〜って!!」
「ああ、それはいいことを思いついたね。頼むよ、火原。」
「任せとけって!柚木もしっかりと聴いていろよ!」
「もちろん。期待しているよ。」
穏やかに微笑むと、後は2人に任せると言わんばかりに柚木はその場を離れた。
「じゃあ日柳ちゃん、一曲よろしくね。」
「こちらこそよろしくお願いします。曲は何にしましょうか?」
「う〜ん、そうだなぁ…」
それから、軽く音を確認したり楽譜がない中でリズムを確認したりする。
いつの間に話が伝わったのか、司会者が進行の打ち合わせに来た。
会場中の注目を浴びながらの演奏はやはり緊張する。
それでも、火原の宣言した通りの音が聴こえてきた。
温かく包み込むような雄大な音。
頑張れ!応援しているよ!!
そう伝わってくる、明るく伸びやかで優しい音。
音羽は嬉しそうに口で弧を描きながら、火原との演奏を楽しんだ。
2013.11.25. UP
→(おまけ)
『いつか一緒に』CMパーティーの小話。
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夢幻泡沫