
Main
花は輝き月は笑む
10
「…なる程のう。神隠しに遭うてしもうたか。」
「信じてくださるのですか?」
「桃の言うことは筋が通っておる。偽りだと決めるには早計と言うもの。それに、そのようなものまで見せられてしまえばのう…そうであろう、幸村。」
包みのようなものは鞄と言うらしい。
その中に入っていたのは、桃花が着ていたと言う着物。
見たこともない素材が使われている財布。
携帯電話と言う金属の塊。
化粧道具が入っている巾着。
訳の分らぬ記号だらけの冊子が数冊。
読めぬ文字が羅列された冊子も数冊。
それと、腕時計と言う実に精巧な時計。
時計なるものは南蛮から入ってくるらしいが、ここまで小さいものはないだろうと佐助が申しておったな。
一つ一つを取り出して広げては彼女の分かる範囲で説明させたが、理解はほとんど出来なかった。
「まこと、先の世はこのようなもので溢れかえっておるのでござろうか?某には想像もできないでござる。」
「儂も出来ぬ。…が、見たこともない、扱い方も分からぬそれらを桃はいとも簡単に使いこなして見せおる。そなたの目も嘘をついているようには見えぬしな、桃よ。」
「…ありがとうございます。」
拙い説明でも理解してもらえたことに、桃花は大きく息をつく。
「でもそうなると、桃姫ちゃんは住むところも行くところもないってこと?」
「…はい。」
「どうするつもり?」
「何を申すか、佐助!我が城にいてもらえばよかろう?」
「ちょっ、旦那!?」
「ダメです!」
幸村の言葉に、佐助だけでなく桃花も反対の異を唱えた。
「…桃殿?」
「お気持ちは嬉しいですけど…前例を作ってしまうことになります。私と同じように行く当てもない人を見つけたら、幸村様は全員お城で面倒を見るつもりなんですか?」
「…」
「とてもありがたいことですけど、城主が簡単に受け入れてしまっていいんですか?」
「桃殿…」
困ったように笑いながら、桃花は幸村に聞く。
正直、幸村が言ってくれたことは有難かった。
帰れるかも分からないこの状況の中、ここで生きていく手段を桃花は持っていない。
文明の利器に慣れてしまった己は、ここで暮らしを営めないだろう。
でも…だけど…
「…なれば桃よ。そなた、どうするつもりじゃ?」
「…申し訳ありませんが、お願いがございます。」
「言うてみよ。」
「尼寺を…紹介していただけませんか?」
「なっ!?桃殿!?」
「ならぬぞ、桃!若い身空で簡単に髪を下ろすでない!!」
「…それなら、色街に…」
「何言ってるの、桃姫ちゃんっ!!」
農業を経験したことなどない。
生きていくには尼寺にしろ遊郭にしろ、衣食住を保証してもらえるところでないと。
考えていたことを口にすれば、思いもしなかった勢いで三人に詰め寄られた。
「でも…私、ここの常識や暮らし方を知りませんし…一人で生きていくのは無理だから、どこかに世話になるしかなくて…」
「某が面倒を見まするっ!!」
「え…っ!?」
「某が最後まで桃殿の面倒を見ましょうぞ!!」
「幸村よ!その心意気、立派である!桃、そなたは儂の娘になればよい。それならば、この城に居っても問題あるまい。」
「流石はお館様っ!その慈悲深きお心、感服いたしました!!桃殿、安心してこの幸村にその身をお任せくだされっ!!」
「よう言うた!幸村ぁ!!」
「お館様ぁー!!」
「幸村ぁぁあっ!!」
「ぉおおお館さまぁあああっ!!」
またも始まった殴り愛だが、桃花はそれどころではない。
熱を持つ頬に手を当て、茫然と幸村を見ていた。
「桃姫ちゃん、ひょっとして旦那の言葉…意識しちゃった?あれは何にも考えてないよ?」
動けないでいる桃花を軽々と抱き上げて安全な場所に移動させると、苦笑しながら彼女を見た。
「あ〜あ、見事に真っ赤になっちゃって。桃姫ちゃん、か〜わい〜。」
「…あの言葉はダメですよ。」
未だ両手で頬を包んだまま、桃花は恨めしそうに幸村を見る。
「まあ、普通はそう取るよねぇ。でも旦那は無意識だぜ?とにかく、桃姫ちゃんはこの城にいるってことで。」
「…いいんですか?」
「あのね、女の子が簡単に髪を下ろしたり身を売ったりしちゃいけません!そんなことを考えるのも駄目だからねっ!!」
「でも…」
「旦那や大将がいいって言ってるんだから、ここにいればいいでしょ。」
分かった?と説教の姿勢を構えた佐助に、桃花の強張った身体から力が抜けた。
「…ありがとうございます。」
呟くように言った彼女の言葉に、幸村と信玄も視線をよこす。
桃花は出来得る限り丁寧な姿勢を作り、三人に向かってもう一度心の底から感謝の意を表した。
2014.03.17. UP
← * →
(10/68)
夢幻泡沫