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花は輝き月は笑む

12



「桃殿、お待ち申しあげておりましたぞ!」

佐助に案内された部屋には、既に信玄と幸村が座っていた。

「おはようございます。遅くなってしまって申し訳ありません。」
「構わぬ。桃よ、昨晩は眠れたか?」
「はい、おかげ様で。ありがとうございます。」
「それはよろしゅうござった。」
「ささ、そこへ座るがよい。」
「はい。」

上座から気安く手招きする信玄に応じ、幸村と向かい合うように準備されていた場所へ移動する。
その姿を見て、彼は満足そうに頷いた。

「ふむ、その打掛がよう似合うておるわ。」
「…これ、信玄様が用意して下さったのですか?」

桃花はゆっくりと座ると、己が纏った打掛を改めて見た。
薄桃の生地に花唐草の文様が全体にあしらわれていて、穏やかな明るさで落ち着く。
打掛の下は昨日と同じ小袖だが、模様などが入っており明らかに上物だ。
帯も金糸銀糸が使われていて、結局は咲に結んでもらった。

「ありがとうございます。肌触りがとても滑らかで気持ちいいです。でも、勿体なくて…。昨日の着物の方が落ち着きます。」
「何を申すか、よう似合うておるというに…。のう、幸村?」
「まこと!桃殿、昨日より一段と似合うておりまするぞ!」
「…ありがとうございます。」

あれこれ言っても、やはりそこは年頃の娘。
綺麗な着物を身につけ、桃花の頬は嬉しそうに緩んでいた。

「はいはい、桃姫ちゃんが綺麗なのは分かったから。早く朝餉にしましょう。」
「おお!そうであったな。」

茶碗にご飯を付けて回る佐助の言葉に、信玄は箸を取った。

「幸村も桃も食べるがよい。」
「はっ!」

信玄と幸村が勢いよく食べ始めたのを見て、桃花も手を合わせた。

「いただきます。」

箸を膳から取りどれから食べようかと茶碗を持ったところで、ふと気がついた。

「…私、何か間違っていますか?」
「あっいや、そうではありませぬ。」

食べる手、給仕する手が止まっていた。
三人が不思議そうな顔で桃花を見ている。

「桃よ、先程の言葉は何だ?」
「…先程の?」
「あの『いただきます』とやらじゃ。」
「え?…あぁ、命を『いただきます』。手間ひまを『いただきます』。深く恵みに感謝し、ありがたく『いただきます』。」

一説によると鎌倉時代辺りから始まった挨拶だ、と桃花は聞いたことがある。
けれどここでは違うのかもしれない。
そう考え、もう一度手を合わせて教えられた意味を澱みなく唱えた。

「ふむ、成程のう。」
「良き言葉でありまするな!」

信玄と幸村が深く感心する姿に、桃花はふわりと嬉しそうに微笑む。
箸を持つと一番先に目に入った副菜を口に運んだ。

「…美味しい。」

素材の味を存分に生かした味付けに、桃花の笑顔が零れる。

「お口に合いまするか?」
「はい。すごく美味しいです。」
「それはよろしゅうござった。佐助の料理は天下逸品ゆえ、某も嬉しゅうございます。」
「えっ!?これ、佐助さんが作ったんですか?」
「そうでござる!」

幸村の断言に、桃花は給仕をしている佐助を見た。

「…佐助さんって、忍びですよね?ここでは忍びもお料理をするんですか?」
「…すると思う?」
「それだけではござらんぞ?佐助は洗濯や掃除なども完璧でござるっ!」

小さい子供が己の大好きなものを自慢するように、幸村はキラキラと目を輝かして話す。

「…それは…お母…」
「あー…桃姫ちゃん、それ以上言わないで。俺様、泣きたくなってくるから…」
「…美味しいです、佐助さん。」
「あは〜、どういたしまして…。」

若干憐みの目を向けてきた桃花に、佐助は乾いた笑いで応えた。

「ところで、桃姫ちゃん。桃姫ちゃんのところではどんなものを食べてたの?」
「…それぞれの家で違いますけど、白米、お味噌汁、お魚かお肉、野菜、卵焼き、果物…が一般的だと思います。」
「えっ!?一回でその量?」
「量的にはこれより少ないですよ?」

目の前にある膳に視線をやりながら、桃花は続ける。

「私がいたところでは、一日三食だったんです。だから、たくさんの種類を少しずつ摂る、と言う感じで食べていました。もちろん、食べる人は一食でこれよりも食べていましたけど。」
「…はー、贅沢だねぇ。」
「そうですね。飽食と言われていましたから。」

何とも言えない表情で膳を見る佐助に、桃花は苦笑する。

「食べ物がありすぎて、逆にそれが病気の素になる人もいたんです。だから、こんな食事が理想だって言われていましたよ。健康食だって。」
「ふぅん…」
「本当に美味しいです。ありがとうございます。」
「お口に合って何よりってね。」

一品一品を味わっているのか、よく噛んで食べている桃花に佐助の目が優しく細まる。
信玄と幸村が食後の一服を終える頃に、ようやく桃花も食べ終えた。

「ごちそうさまでした。」

食前と同じく手を合わせて挨拶する桃花に、また疑問の目が向けられる。

「それも『いただきます』と同じなのか?」
「はい、信玄様。おかげさまで大変美味しく頂きました。用意していただきありがとうございました。このお食事は、私にとって『ご馳走』様でした。…と言う意味です。」
「…そなたの父上と母上は素晴らしき教えを授けたようじゃ。今度、家族の話も聞かせてくれぬか?」
「はい。」

素直に頷く桃花に、信玄も穏やかに笑ってから話題を変えた。


2014.04.07. UP




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夢幻泡沫